ミツビシの全車種を紹介!ミツビシ徹底解説!(1961年~1980年)

三菱財閥グループとして、太平洋戦争以前から国産乗用車の製造を手がけていた三菱自動車。1970年には三菱重工業から独立を果たすなど大きな変化を迎えます。そんななかでどのような車種が誕生したのかを、乗用車を中心とした当時のラインナップとともに紹介します。

Chapter
三菱 コルト600(1962年)
三菱 ミニカ(1962年)
三菱 コルト1000(1963年)
三菱 デボネア(1964年)
三菱 コルト800(1965年)
三菱 コルト1500(1965年)
三菱 ニューコルト1200/1500(1968年)
三菱 コルトギャラン(1969年)
三菱 ミニカ70(1969年)
三菱 ギャランGTO(1970年)
三菱 ギャランクーペFTO(1971年)
三菱 ミニカスキッパー(1971年)
三菱 ミニカF4/ミニカ5(1972年)
三菱 ランサー(1973年)
三菱 ギャラン(1973年)
三菱 ランサーセレステ(1975年)
三菱 ギャランシグマ(1976年)
三菱 ギャランラムダ
三菱 ミニカアミ(1977年)
三菱 ミラージュ(1978年)
三菱 ランサーEX(1979年)
三菱 デリカ スターワゴン(1979年)
三菱 エルテナシグマ/エルテナラムダ(1980年)

1961~1980年の三菱

1917年に日本初の量産乗用車「三菱A型」を製造して以来、三菱はクルマづくりを続けていました。太平洋戦争後もウィリス社のジープをライセンス生産し、1960年には三菱にとって戦後初となる乗用車「三菱 500」を発売します。

1960年代は乗用車ラインナップをさらに拡大し、三菱 デボネアなどの高級車製造にも着手。そして1970年に三菱は自動車製造部門を三菱重工業から独立させ、ついに三菱自動車工業が誕生しました。

三菱 コルト600(1962年)

三菱 コルト600は、1960年に登場したコルト500の後継車種です。

コルト500は当時の通商産業省が提唱した「国民車構造」をベースに低価格と実用性を重視して開発され、販売期間中にエンジン排気量を拡大するなどの改良が加えられました。また、コルト600では車体やインテリアが刷新され、シフトレバーの配置がフロアシフトからコラムシフトにされるなど、さまざまな変更が行われています。

三菱 ミニカ(1962年)

三菱 ミニカは、三菱初となる軽乗用車として登場しました。

ベースとなったのは1961年に登場した軽商用車の三菱 360で、同車と共通の車体を持っていたとされます。そのため、フロントグリルやライトなど車体前部のデザインは三菱 360に瓜二つですが、車体後部はリアシートとトランクを独立させ、クリフカットと呼ばれるデザインを採用するなど、乗用車らしいエクステリア(外装)備えています。

三菱 コルト1000(1963年)

三菱 コルト1000は、三菱初となる量産4ドアセダンです。

三菱 コルト600の上位車種と位置づけられ、排気量は1Lまで拡大。当時の同クラスエンジンでは最高クラスの52.2PSを誇りました。1966年には、ライバル車種に対抗するため排気量を1.1Lに引き上げた「1100」が追加されました。

三菱 デボネア(1964年)

三菱 デボネアは、三菱の高級車として登場しました。

高級車らしいエクステリアとインテリア(内装)を持ち、エンジンは排気量2L 直列6気筒エンジンが採用されるなど、質感の高いクルマでした。そのため三菱グループ重役のクルマとして活躍していたともされています。

初代は1964年1986年まで約22年間フルモデルチェンジされることなく当初のエクステリアデザインを保っていたことから「走るシーラカンス」と呼ばれることもあったようです。

三菱 コルト800(1965年)

三菱 コルト800は、1962年に発売された三菱 コルト600の後継車種で、当時としては珍しいファストバックスタイルを採用していました。

エンジンの排気量は0.8Lとなり最高出力45PSを発揮。1966年にはエンジン排気量を1Lに拡大させた「1000F」、1968年にはさらにパワーアップした「1100F」などの派生モデルが誕生しました。

三菱 コルト1500(1965年)

三菱 コルト1500は、三菱 コルト1000と三菱 デボネアの中間に位置する上級車種として登場しました。

セダンとして登場したコルト1000のスタイリングを引き継ぎつつ、ボディーサイズとエンジン排気量をさらに拡大し、最高出力は70PSまで高められました。また、発売同年には名神高速道路が全線開通となり、コルト1500は日本の道路事情に合わせ進化したクルマと言えるでしょう。

三菱 ニューコルト1200/1500(1968年)

三菱 ニューコルトは、三菱 コルトのセダンシリーズである三菱 コルト1000と三菱 コルト1500の後継車種です。

ニューコルト1200が「コルト1000」ニューコルト1500が「コルト1500」の後継にあたり、旧モデルに比べ排気量やボディーサイズが拡大されています。また、三菱車として初めてステアリングのチルト機構が採用されたクルマでもありました。

三菱 コルトギャラン(1969年)

三菱 コルトギャランは、ニューコルト1200/1500を統合した後継車種として登場しました。

車体はニューコルト1200/1500と同じセダンとし、エンジンは排気量1.3Lと1.5Lの2種類がラインナップされていました。のちに1.4Lと1.6Lへと拡大し、ヘッドライトも四角形から丸型へ変更。1970年にはエステートバンなどの派生モデルも登場し、顧客層を広げていきました。

三菱 ミニカ70(1969年)

三菱 ミニカ70は、1962年に登場した三菱 初代ミニカの後継車種です。

実質的には三菱 2代目ミニカとなり、三菱は1970年代をリードする軽自動車にするという意味を込めて、ミニカ70へと改称したというエピソードがあるとされています。エンジンは初代を踏襲していますが、車体はハッチバックスタイルとなり、より使い勝手に配慮した設計に変更されています。

三菱 ギャランGTO(1970年)

三菱 ギャランGTOは、1969年に登場した三菱 コルトギャランをベースに開発されたクルマです。

コルトギャランには2ドアや4ドアなどのラインナップがありましたが、ギャランGTOは2ドアのみとなり、エクステリアも長く低いスポーティーなスタイリングに変更されるなど、スペシャルティーカーとしての性格を強めたクルマとなっています。

三菱 ギャランクーペFTO(1971年)

三菱 ギャランクーペFTOは、三菱 ギャランGTOに続くギャランシリーズのクーペモデルです。

1970年に登場したギャランGTOの「弟分」にあたるモデルで、ギャランGTOのエンジン排気量が最大2Lに対しFTOは1.6Lまで、ボディーサイズもギャランFTOがひと回り小さいなどの差があります。

三菱 ミニカスキッパー(1971年)

三菱 ミニカスキッパーは、1969年に登場した三菱 ミニカ70の派生モデルです。

ミニカ70をベースに、空力性能やスポーティーやスタイリングを重視したエクステリアに変更され、車体は三菱 ギャランGTOやギャランFTOと同様の2ドアクーペとなっています。登場当初は2ストローク(2サイクル)エンジンでしたが、1972年に4ストロークエンジンとなるなど販売中も改良が加えられました。

三菱 ミニカF4/ミニカ5(1972年)

三菱 ミニカF4は、ミニカ70やミニカスキッパーの後継車種として登場しました。

三菱 初代ミニカから数えて3代目にあたるモデルで、ファミリーを意識した4ストローク(4サイクル)エンジンを搭載するクルマであったことから「F4」のサブネームを与えられたとされています。

また、1975年に軽自動車の規格が変更されたことでマイナーチェンジし、その際に車名を三菱 ミニカ5へと改称しています。

三菱 ランサー(1973年)

三菱 ランサーは、1969年に登場した三菱 コルトギャランよりもひと回り小さい乗用車として開発されたクルマです。

コルトギャランは小型乗用車の三菱 コルト1000の後継車種として登場しましたが、その際にボディサイズが拡大されるなどの変更が加えられました。ランサーは大型化したギャランを補完するクルマと言えるでしょう。

また、初出場のサファリラリーで総合優勝を果たすなどラリーの三菱を印象付けた車種でもあります。

三菱 ギャラン(1973年)

三菱 ギャランは、1969年に登場した三菱 コルトギャランの後継車種です。

コルトギャランのフルモデルチェンジに伴い名前から「コルト」が消え、「ニューギャラン」とも呼ばれました。ボディーサイズがさらに拡大されるなど、下位モデルと言える三菱 ランサーとの差別化が行われました。実際に、ランサーに比べて室内空間は広く、ランバーサポートやインテリアの質感も高められていました。

三菱 ランサーセレステ(1975年)

三菱 ランサーセレステは、1973年に登場した三菱 ランサーの派生モデルです。

1971年に登場した三菱 ギャランクーペFTOの後継車種という位置づけで、ランサーのファストバッククーペモデルとして開発されました。

車名のセレステは「青い空」という意味を持つラテン語で、クルマの排気ガスが問題となっていた1970年代において、クリーンな印象を与える必要があった自動車メーカーの事情が伺えます。

三菱 ギャランシグマ(1976年)

三菱 ギャランシグマは、1973年に登場した三菱 ギャランの後継車種です。

ギャランの名を持つクルマとしては3代目にあたり、静粛性や振動の少なさが向上しています。1978年のマイナーチェンジと同時に、当時存在した販売チャンネル「カープラザ店」専売車種として、兄弟車のギャランシグマエルテナが追加されました。

三菱 ギャランラムダ

三菱 ギャランラムダは、三菱 ギャランシグマの派生車種として登場しました。

セダンを基本とするギャランシグマに対し、スペシャルティーカーとして開発され長いボンネットやスラントノーズと呼ばれるシャープなフロントマスクを採用し、エクステリアにさまざまな変更が見られます。

また、ギャランシグマ同様に、1978年のマイナーチェンジで「カープラザ店」専売車種の兄弟車としてギャランラムダエルテナがラインナップに加わっています。

三菱 ミニカアミ(1977年)

三菱 ミニカアミは、1976年に登場した三菱 ミニカ5の後継車種で、三菱 ミニカとしては4代目にあたるモデルです。

ミニカアミはミニカ5をベースにしつつボディーサイズやエンジン排気量の拡大するなど、新たな軽自動車の規格に合わせた変更が加えられ、より広い室内空間とエンジンパワーを備えるクルマとなりました。

また、1981年にマイナーチェンジが行われ、それに合わせ車名を「ミニカアミL」に改称しています。

三菱 ミラージュ(1978年)

三菱 ミラージュは、三菱の販売チャンネル「カープラザ店」設立とともに、専売車種として登場しました。

ミラージュは三菱初のFFレイアウト(フロントエンジン・フロントドライブ)を採用し、「スーパーシフト」と呼ばれる副変速機付きトランスミッションを備えていました。車体はコンパクトなハッチバックで、フルモデルチェンジ後もミラージュの基本形としてハッチバック形状が踏襲されていきました。

三菱 ランサーEX(1979年)

三菱 ランサーEXは、1973年に登場した三菱 ランサーの後継車種です。

三菱 ランサーの2代目にあたるモデルでもあり、初代に比べて角ばったエクステリアが特徴的です。1981年には1.8Lターボエンジンを搭載したモデルがラインナップに加わり、ファンの間では「ランタボ」の愛称で親しまれています。

三菱 デリカ スターワゴン(1979年)

三菱 デリカ スターワゴンは、本格的なオフロード走行性能を備えたキャブオーバー型の乗用車です。

もともとデリカはトラックとして1968年に登場し、1989年にバン・コーチタイプが追加。デリカ スターワゴンは、バン・コーチタイプをベースに乗用車として開発されました。

グリルガードや高められた車高などタフな印象を与えるエクステリアや、4WD(四輪駆動)から人気を集め、のちに全長を拡大したロングボディーモデルや、ディーゼルエンジンモデルが追加されました。

三菱 エルテナシグマ/エルテナラムダ(1980年)

三菱 エルテナシグマ/エルテナラムダは、当時の三菱の販売チャンネルである「カープラザ店」専売車種としてラインナップされていたクルマです。

もともと三菱 3代目ギャランにあたる三菱 ギャランシグマ、三菱ギャランラムダのカープラザ店専売車種として1978年に誕生し、当初は車名に「ギャラン」が残っていました。しかし、三菱 4代目ギャランの登場に伴いエルテナシグマ/エルテナラムダへ改称し独立した車種となりました。

基本的なスペックは4代目ギャランと変わらないとされています。

1960年代から三菱はコルトやギャランなどの乗用車ラインナップを拡大させていきましたが、1970年代には後継車種の車名変更や兄弟車種・双子車種が増加し、結果的に三菱車同士で競合してしまう状況も少なくありませんでした。

一方で、ランサーなど個性を獲得し人気となった車種もあり、この時代に現在の三菱の基礎が築かれたと言えるでしょう。

PBKK

東京都港区北青山に本社を置く自動車業界を専門としたクリエイティブエージェンシー。複数の自動車メディアへのコンテンツ配信をおこなうほか、
自動車メーカーなどへ向けた動画コンテンツ制作、ウェブサイト制作、デジタルマーケティング支援などを一貫して行う。

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