小沢コージのものくろメッセ その31 金持ちが嫌いな日本人

その31 金持ちが嫌いな日本人

アヘッド 小沢コージ

これは割と本質的で、確かに自動車ジャーナリズムのほとんどは製品の味わいを問うものばかりだ。速い遅い、ハンドリングがいい悪い、カッコがいい悪い、ギアの断続ショックが残る残らない、音が良い悪いなど。特に自動車専門誌は、娯楽として買われる場合が多いので難しいビジネスの話を好まない人もいる。

だが、私はそれでもNSX開発陣に問いたい。スーパースポーツ、あるいはスーパーカーは本当に「乗ってどうか」が一番大切なんですかと。それは安いスポーツカーや実用車だけではないですかと。スーパーカーになればなるほど使い勝手は二の次、どれだけ感動するのか? ブランド価値はあるのか? 乗る時や買う時の優越感はあるのか?が大切になるのではないんですかと。

そもそも本気で、ユーザーの気持ちに寄り添ったことがあるんですか? とも問いたい。単純に「自分たちが作りたいクルマを作っただけ」にも見えるからだ。

最初に3モーター式ハイブリッドというホンダ独自のテクノロジーがあり、それで究極ハンドリングのスーパーカーを目指した。あるいはかつてF1レースで強かったホンダのイメージを繋ぎ止めたかっただけにも見える。

そこには一見日本らしい美しい物作りの姿勢がある。いわゆるマーケティング無視のプロダクトアウトの姿勢で、作り手は「自分が作りたいものを作った」というもの。ある意味、職人的ではあるかもしれない。

だが、私はプロダクトアウトが許されるのは真の天才だけだと思っている。スティーブ・ジョブズであり、本田宗一郎のような人達だ。彼らは本能的に、人が欲しがるものを察知し、人の想像以上のものを生み出す。彼らにとって必要以上のマーケティングは発想の邪魔になるだけで、自分が欲しいもの=みんなが欲しいものとなる。

凡人の場合、自分が欲しいもの=矮小なものになりがち。特に2千万円を越えるスーパーカーは、なかなか真の持ち手の気持ちになれない。大抵は2千万円の余剰資金があれば、家や将来のために使うからだ。

走りの気持ちよさ、カッコよさに大金を費やせる人は、もしや壊れることや周りに迷惑をかけないこと以上に、己の快楽の追究を優先するかもしれないではないか!

そもそも私は今の日本という国は、高額商品や富裕層ビジネスを本能的に嫌う傾向があると思っている。金持ちが苦手で、そもそも共感したくないのだ。NSXは逆にいうと、お金持ち層に大衆の気持ちを押しつけているところすらある気がする。

それは壊れないという性能、無難という性能、使い易いという性能だ。もちろんその線引きは難しい。お金持ちだって大きなトランクを望んでいるケースはあるからだ。

何よりこれだけのライバルがいる中、感動商品を作り出すのはとても難しいことなのだ。数値で測れる性能だけではない何か? それが最も大切だろうと私は考えている。

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text:小沢コージ/Koji Ozawa
雑誌、ウェブ、ラジオなどで活躍中の “バラエティ自動車ジャーナリスト”。自動車メーカーを経て二玄社に入社、『NAVI』の編集に携わる。現在は『ベストカー』『日経トレンディネット』などに連載を持つ。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、トヨタ iQなど。

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