高度経済成長の結晶!ソアラはなぜ人々に求められたのか?

世の中がバブル景気であったとはいえ、年間4万台を売り上げ、ランキングトップ10に顔を出すことも1度や2度ではなかったトヨタの高級車2代目ソアラ。そういった高級パーソナルカーがもてはやされ、売れたことは、今の感覚では少し理解できないところがあります。あの時代はいったい何が内在し、ソアラはなぜ人々に求められたのか。クルマと時代背景、またユーザーの意識から紐解いてみたいと思います。

Chapter
丈夫で高性能…だけではない新しい値打ち
2代目ソアラの魅力とは?
完全な脇役となってしまったレパード
後世にも影を落とした大きな存在感
クルマが持つ「夢」を与える力

丈夫で高性能…だけではない新しい値打ち

トヨタ ソアラ 2代目 3.0 GT エアロキャビン

昭和50年代までの日本車は、確かに性能は良く、耐久性や信頼性もそれなりに優れていたかもしれません。事実、その2つを軸に世界で高い評価を得ていました。

そんななか2代目ソアラは、極めて高い性能に、豪奢な仕立ての内装や美意識の高いデザインなど、それまでの国産車が持たなかった高い価値を持って、日本人に新たな高級車像を提案しました。

”美しさ”にお金を費やすべき価値に昇華させたのは、2代目ソアラの功績といえました。この新しい価値観の源流は、どこにあったのでしょうか。

2代目ソアラの魅力とは?

お父さんのためのクルマ?

トヨタ ソアラ 2代目 3.0 GT エアロキャビン

ソアラの開発責任者だった岡田氏は「ソアラのようなクルマは、苦労をしてこの国を豊かにしたお父さんにこそ乗って欲しい」こう発言したといいます。その言葉通り、ソアラのターゲットとする顧客は、昭和の時代を生き抜いた中高年層でした。

馬車馬のように働いた昭和の日本人は、高度経済成長の後に得た経済大国日本の姿に深い充足を覚え、同時に生活レベルは一気に高まりました。

トヨタは、当時の日本社会の経済成長と呼応するように高まった国民の教養や美意識を、つぶさに読み取っていたのです。その”成熟した日本”を実感できるクルマとして、2代目ソアラを仕立てた、というように見て取れます。

2代目ソアラの美意識や先進性の高さは、まさしくあの時代の日本人を象徴するものであり、また多くの人が共感をし、共鳴したのでした。

馬力は貯金!?

2代目ソアラの代名詞は、なにより7M-GTEU型3.0Lツインカムターボが発生した当時の国内最強スペック。これはもちろん速く走るためのものではありますが、当時新車でこのクルマを買った当時40歳代後半だったオーナーの話しを聞くと、また別の心理が見えてきます。曰く「貯金のようなものだね」。

つまり、速く走ろうと思えば走ることができ、そのパフォーマンスはいつでも引き出せるといった、貯金のようなものです。

ソアラの大パワー(240ps)というのは、スペックやパフォーマンス以上に、大人のオーナーにとっては”ゆとりの象徴”と捉えられていたことがわかります。貯金を蓄え、悠々と、優雅にこのクルマを走らせる、そんな姿が当時の大人の成熟した生活観であり美意識だったのかもしれません。

さて、そんなソアラには同時期に誕生したライバル車が存在していました…

完全な脇役となってしまったレパード

日産 レパード F31

同時期の日産には、ソアラのライバルとしてレパードをラインナップしていました。しかし販売は振るわず、登録台数では常に下位に低迷。あまりに不幸でした。

初代でソアラに出遅れ、2代目では初代ソアラをターゲットにして作られたと言われるレパードですが、最初からソアラの敵ではありませんでした。

日産はまだY31セドリックを端緒とするイノベーション、夜明けを迎える前の従来のクルマ作りのワクのなかで考え、その結果としてレパードを作っていましたから、ソアラが備えていた”意識の高さ”や”先見の明”に敵うはずもなかったことは、ある意味当然でした。

しかしその後、レパードはレパードで、後年、また次元の異なる分厚い支持を確実に得ていくことになるわけで、それはレパードにとって別の意味で大変幸せなことになります。

後世にも影を落とした大きな存在感

ところが、バブル崩壊を境に日本はまた新たな時代となります。昭和という繁栄と成熟の時代が終わり、人々は新しい目的を探して、また別のステージに入って行きます。

そんな時代に投入された3代目ソアラは、それまで日本人のための高級車だったコンセプトを大きく変え、アメリカで描かれたデザインを採用した国際車としてリニューアルされました。そして残念なことに、2代目ソアラのほどの熱狂は得られませんでした。

時代がソアラとすれ違ってしまったからにほかなりません。光り輝けばこそその影は大きい…その意味で3代目ソアラは、2代目の存在の大きさのなかで苦戦したようにも見えます。

クルマが持つ「夢」を与える力

2代目ソアラというクルマは、昭和日本の成熟期に、その時代の日本人の琴線を大きく刺激した「夢」そのものだったと言えるかもしれません。

いまでもあの時代と、あの時代に生きたクルマの象徴としてソアラを懐かしむ声は根強くあります。それほど人々の心に深く刻み込まれたクルマでした。しかしそれは、現代にソアラほどに熱狂、あるいは共鳴できるクルマが存在していないという寂しさの裏返しともいえます。

時代は自動車に強く影響し、自動車も時代に強く影響していた。そんな時代の雰囲気が、ソアラのようなクルマから見て取れる気がします。