ソアラ乗りは女子大生にモテた!? なぜソアラブームは起きたのか?

1981年、「未体験ゾーンへ。」のキャッチコピーで、瞬く間にハイソカーブームを巻き起こしたトヨタ ソアラ。そして2代目ソアラは、女子大生が乗りたい車1位に輝き、”ソアラ乗りはモテる”と信じられていました。そんなソアラブームは、なぜ起きたのでしょうか?

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欧州の高級GTカーに初めて肩を並べた「初代ソアラ」
ライバルは日産 レパード
2代目ソアラ、女子大生が乗りたい車1位に輝く

欧州の高級GTカーに初めて肩を並べた「初代ソアラ」

トヨタ ソアラ 初代 1981
トヨタ ソアラ

1981年、世はまさにバブル景気目前で、メーカーも潤沢に開発費を投じていました。そんななか「欧州の高級GTカーを日本でも」を目標に掲げ、トヨタから発売された新型モデルが『ソアラ』でした。

1960年から70年代にかけて、東京オリンピックに端を発するマイカーブームが巻き起こり、一家に1台車を持つことが当たり前になります。そして70年代の後半からスーパーカーブームが巻き起こり、大人から子供まで幅広い世代が車に熱狂しました。

このことからも車そのものを所有することが、"憧れ"から"当たり前"に変わり、さらにはただ所有するだけでなく、デザインや車種が重要な要素へと変化していったことが伺えます。

ライバルは日産 レパード

日産 レパード  F30

前述のような背景があったにも関わらず、日本にはユーザーの求めるデザインや高級感に応えられる車が、ソアラ以外に"ある車"を除いて存在していませんでした。

その車とは、ソアラよりひと足先の1980年に発売され、一定の市場を開拓していた日産 レパードです。エンジンは、4気筒1.8L(Z18型)、6気筒2.0L(L20E型)、6気筒2.8L(L28E型)の3種類をラインナップ。

一方ソアラは、全グレードで6気筒を採用しており、そのことも高級感や上級志向を求めるユーザに好まれるきっかけになりました。

このライバルともいえる2車種が、ハイソカーブームを巻き起こし、その後の自動車界を牽引していきます。

それまでのトヨタといえば、マイカーブームを牽引してきたカローラやその兄弟であるコロナが主力。白いマークⅡが大流行していたものの、ボディは5ナンバーサイズにとどまっていました。

そんななか、高級感とそれまで日本人が知らなかった大排気量クーペという新たな分野に登場したスペシャリティーカーソアラは、多くの憧れの的となります。

単なる高級感だけでなく、当時最新技術だった電子制御式エアサスペンション、デジタルメーター、スピークモニターなどの近未来を予感させる装備達も、人々を熱狂させるのにひと役買いました。

2代目ソアラ、女子大生が乗りたい車1位に輝く

2代目ソアラは、これまでの日本の好景気を牽引してきた大人のための高級クーペとして、そして初代が作り上げたハイソカーブームをそのまま引き継ぐカタチで登場したはずでした。

しかし登場した1986年は折しもバブル景気の真っ只中。トヨタの予想を超えてハイソカーブームは、若者にまで波及していきます。

日産 シルビアやホンダ プレリュードなどの若者向けデートカーの上級版として人気に火が付き、巷では「女子大生ホイホイ」なる名誉なのか不名誉なのかわからない異名まで持つこととなりました。

有名女子大の校門前に、"アッシーくん"の白いソアラが並んでいる様子を目にした記憶のある方も多いのではないでしょうか?ここまでくると"ソアラ乗りはモテる"と言われていたのも納得できますね。

結果的に2代目ソアラは、86年から91年までの6年間に、バブル景気も手伝ってセンチュリーに次ぐ高価格であったにも関わらず、総販売台数30万台以上という記録的ヒットとなります。

これは月間にすると約5,000台。2017年度のハリアーが約5.5万台なので、どれだけの熱狂ぶりだったかご理解いただけるのではないでしょうか。

日本車が初めて欧州車に近づいた高級クーペとして、誰もが憧れるハイソカーでありながら、バブル景気に乗り想定外の若者達にまで人気となったソアラ。最強のモテ車として歴史に名を残すことになったのではないでしょうか。

そして、そんなソアラを代表格とする高級な物や生活への憧れこそが、あのバブルの好景気を生み出した原動力だったのではないでしょうか。