昔は赤色の車が禁止だった!?今では使えるようになった理由
更新日:2024.09.09

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昔は車のボディカラーに、赤色が使えなかったことをご存じでしょうか。
現在では赤色も一般的に用いられるようになっていますが、そうでない時代もあったのです。では、なぜ赤色が使えなかったのでしょう。
また、どうして今では使えるようになっているのでしょうか。
現在では赤色も一般的に用いられるようになっていますが、そうでない時代もあったのです。では、なぜ赤色が使えなかったのでしょう。
また、どうして今では使えるようになっているのでしょうか。
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- 1960年代ごろは赤いボディカラーが禁止されていたことも
1960年代ごろは赤いボディカラーが禁止されていたことも
日本国内で、赤いボディカラーは1960年代ごろまで禁止されていました。
これは、緊急車両である消防車と同じ赤いボディカラーは紛らわしいというのが理由でした。
そのため、一般車両のボディカラーとして赤色は認められず、市販車として赤色をボディに採用していた車は事実上いなかったようです。
しかし、この常識と規制を覆したのが当時のホンダでした。
1962年、まだ二輪車メーカーだったホンダは、日本初の軽四輪スポーツカーとしてスポーツS360を開発します。
この車は、水冷直列4気筒DOHCエンジンをはじめ、ホンダがつちかってきたノウハウとメカニズムを結集させた珠玉の1台であり、ボディカラーは民間として初めて採用された赤色だったのです。
この時、まだ建設途中であった鈴鹿サーキットで開催された第11回ホンダ会総会にて、本田宗一郎氏自らハンドルを握るスポーツS360が、詰めかけた観衆の前を駆け抜けました。
軽自動車でありスポーツカーというコンセプト、オープンの2シーターというデザインに加え、市販車として初めて真っ赤に塗られたボディは、国内外に大きな反響を巻き起こすこととなったのです。
これは、緊急車両である消防車と同じ赤いボディカラーは紛らわしいというのが理由でした。
そのため、一般車両のボディカラーとして赤色は認められず、市販車として赤色をボディに採用していた車は事実上いなかったようです。
しかし、この常識と規制を覆したのが当時のホンダでした。
1962年、まだ二輪車メーカーだったホンダは、日本初の軽四輪スポーツカーとしてスポーツS360を開発します。
この車は、水冷直列4気筒DOHCエンジンをはじめ、ホンダがつちかってきたノウハウとメカニズムを結集させた珠玉の1台であり、ボディカラーは民間として初めて採用された赤色だったのです。
この時、まだ建設途中であった鈴鹿サーキットで開催された第11回ホンダ会総会にて、本田宗一郎氏自らハンドルを握るスポーツS360が、詰めかけた観衆の前を駆け抜けました。
軽自動車でありスポーツカーというコンセプト、オープンの2シーターというデザインに加え、市販車として初めて真っ赤に塗られたボディは、国内外に大きな反響を巻き起こすこととなったのです。
その後、スポーツS360は市販化には至らず、次代のS500がホンダとして初めて市販化された普通乗用車となりました。
現在、市販車には当たり前のように赤いボディの車が存在しています。
しかし、当時のホンダの尽力がなければ、赤色は民間の車両に使えないという当時の規制が敷かれたままだったのかもしれません。
現在、市販車には当たり前のように赤いボディの車が存在しています。
しかし、当時のホンダの尽力がなければ、赤色は民間の車両に使えないという当時の規制が敷かれたままだったのかもしれません。