昔は赤色の車が禁止だった!?

赤いスポーツカー

昔は車のボディカラーに、赤色が使えなかったことをご存じでしょうか。

現在では赤色も一般的に用いられるようになっていますが、そうでない時代もあったのです。では、なぜ赤色が使えなかったのでしょう。

また、どうして今では使えるようになっているのでしょうか。

吉田 恒道|よしだ つねみち

1980年代、大学卒業後ファッション・モード専門誌「WWD Japan」編集部勤務を皮切りに編集者としてのキャリアを積む。その後、90年〜2000年代、中堅出版社ダイヤモンド社の自動車専門誌・副編集長に就く。以降、男性ライフスタイル誌「Straight’」(扶桑社)など複数の男性誌編集長を歴任し独立、フリーランスのエディターに、現職。著書に「シングルモルトの愉しみ方」(学習研究社)がある。

吉田 恒道
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1960年代ごろは赤いボディカラーが禁止されていたことも

1960年代ごろは赤いボディカラーが禁止されていたことも

日本国内で、赤いボディカラーは1960年代ごろまで禁止されていました。

これは、緊急車両である消防車と同じ赤いボディカラーは紛らわしいというのが理由でした。

そのため、一般車両のボディカラーとして赤色は認められず、市販車として赤色をボディに採用していた車は事実上いなかったようです。

しかし、この常識と規制を覆したのが当時のホンダでした。

1962年、まだ二輪車メーカーだったホンダは、日本初の軽四輪スポーツカーとしてスポーツS360を開発します。

この車は、水冷直列4気筒DOHCエンジンをはじめ、ホンダがつちかってきたノウハウとメカニズムを結集させた珠玉の1台であり、ボディカラーは民間として初めて採用された赤色だったのです。

この時、まだ建設途中であった鈴鹿サーキットで開催された第11回ホンダ会総会にて、本田宗一郎氏自らハンドルを握るスポーツS360が、詰めかけた観衆の前を駆け抜けました。

軽自動車でありスポーツカーというコンセプト、オープンの2シーターというデザインに加え、市販車として初めて真っ赤に塗られたボディは、国内外に大きな反響を巻き起こすこととなったのです。

その後、スポーツS360は市販化には至らず、次代のS500がホンダとして初めて市販化された普通乗用車となりました。

現在、市販車には当たり前のように赤いボディの車が存在しています。

しかし、当時のホンダの尽力がなければ、赤色は民間の車両に使えないという当時の規制が敷かれたままだったのかもしれません。

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