トヨタ クラウンの歴史を初代から15代目まで振り返る

トヨタ クラウン RS 黒田明

2018年に登場した、15代目となるトヨタ クラウン。トヨタのラインアップの中でも長い歴史を誇るクラウンですが、15代目となるクラウンには走りやスタイリングなどにこだわることはもちろん、コネクティッドカーとしての要素も取り入れ、トヨタの一役を担う上で重要なクルマとして登場しました。

クラウンは新しい時代のクルマとしてどんな進化が遂げられているのでしょうか。今回は、トヨタ クラウンの歴史をひも解いていきます。

文・鈴木 ケンイチ/写真・黒田 明

Chapter
15代目クラウンを徹底解説!~ブランドの価値となる積み上げたヘリテージを振り返る~
日本初の純国産の本格乗用車と認められた初代クラウン
本格乗用車から日本を代表する高級車へ
大きく変わった5代目クラウン
レクサスとは異なる独自路線を歩み~9代目クラウンの登場~
10代目クラウンの登場
11代目クラウンの登場
2000年代の基礎となったゼロクラウン~12代目クラウンの登場~
ハイブリッドモデルが話題になった13代目クラウンの登場
14代目クラウンの登場

15代目クラウンを徹底解説!~ブランドの価値となる積み上げたヘリテージを振り返る~

トヨタブランドのトップモデルとして君臨するクラウン。2018年6月に登場した現行モデルは、なんと15世代目。トヨタの中でも特別に長く続くモデルです。そして、その歴史こそがクラウンを特別な存在にする理由にもなっています。どんなブランドにも、その背景にはストーリーがあるもの。クラウンのストーリーを振り返ってみます。

日本初の純国産の本格乗用車と認められた初代クラウン

初代クラウンの誕生は、今から64年前となる1955年。当時の日本は、まだ戦後の雰囲気がたっぷり残っているという状況です。自動車産業は未熟で、外国車に対して性能だけでなく価格面でも劣っていたため、「国産自動車工業不要論」が主張されるほど厳しい状況でした。

そのために、日本の自動車メーカーの多くは、海外メーカーと提携を行い、海外メーカーの日本生産、いわゆるノックダウンを行っていました。日産は英国のオースチンとの提携、三菱重工が米国のカイザーフレーザー、いすゞ自動車が英国ヒルマン、日野ヂーゼル工業(現在の日野自動車)が仏国ルノーといった具合です。

そうした中、トヨタは純国産路線を選択しました。当時としては、非常にリスキーな選択です。技術の進んだ外国メーカーのクルマと同等の性能や価格を実現できなければ、自動車メーカーとしての存続も危ぶまれたはず。しかし、そんな不安視された中、1955年1月に登場したトヨペット クラウンは大成功を納めます。

「豪華」「国際水準」と評価され、日本初の本格乗用車と認められたのです。また当時、クルマを購入する個人は少なく、販売先のメインはタクシー会社でした。そのためトヨペット クラウンも、個人向けのトヨペット クラウンRS型と、タクシー会社向けのトヨペットマスターRR型の2モデルが用意されていました。

タクシーで使うのに便利だという理由から、後席のドアが後ろ向きに開く、いわゆる“観音開き”のドアがされていました。

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本格乗用車から日本を代表する高級車へ

鈴木 ケンイチ

モータージャーナリスト。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。最近は新技術や環境関係に注目。年間3~4回の海外モーターショー取材を実施。レース経験あり。毎月1回のSA/PAの食べ歩き取材を10年ほど継続中。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 自動車技術会会員 環境社会検定試験(ECO検定)

鈴木 ケンイチ