F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 vol.55 その時、鈴鹿で何が起きたのか

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取材者などが受け取るパスにはずっと以前から、「モータースポーツは危険です」を意味する英文が印刷されている。取材者といえども油断しないようにとの戒めだ。といって危険を放置しているわけではない。危険を承知しているからこそ安全に対する意識は高く、対策は徹底している。それでも、不運が重なって事故は起きる。第15戦日本GPがまさにそうだった。

text:世良耕太 [aheadアーカイブス vol.144 2014年11月号]
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vol.55 その時、鈴鹿で何が起きたのか

vol.55 その時、鈴鹿で何が起きたのか

▶︎マルシャはチームにとっての母国グランプリにあたる第16戦ロシアGPに向け、ビアンキの代役としてサードドライバーを準備したが、最終的には走行させず。ビアンキ用のマシンを仕立ててガレージに置き、1台エントリーで過ごした。レースに出走した21人のドライバーはスタート前にグリッド上に整列し、ビアンキにメッセージを送ると、円陣を組んでからそれぞれのマシンに向かった。フェラーリは育成ドライバーのビアンキに向け「FORZA JULES(がんばれ、ジュール)」のメッセージを送った。


10月5日の決勝レース日、台風の接近を控えた鈴鹿サーキットの路面は濡れていた。あまりの雨量の多さに、レース序盤は約20分間の赤旗中断があったほどだ。

トップのハミルトン(メルセデスAMG)が42周目に入った周、17番手を走っていたスーティル(ザウバー)がダンロップコーナー出口でコントロールを失い、アウト側に飛び出してタイヤバリアにヒットした。

クレーン車が12番ポストの先でスーティル車を引き上げ、後退しながら12番ポストの手前まで移動したところへ、やはりダンロップコーナーでコントロールを失ったジュール・ビアンキ(マルシャ)のマシンが突っ込んできた。

突っ込んだ先がタイヤバリアではなくクレーン車だったのがビアンキに災いした。だが、突っ込んだ先が作業にあたるマーシャルでなかったのは幸いだった。

ビアンキは意識を失ったまま、病院に救急搬送された。診断結果は「びまん性軸索損傷」である。頭部がクレーン車にぶつかったことによる損傷ではない。急激な減速Gを受けたことにより、脳の神経細胞が広範囲にわたって断裂し、機能を失ってしまったのだ。

本稿執筆時点でビアンキはまだ集中治療室におり、「厳しいが安定した状態」にある。一刻も早い回復を祈らずにはいられない。

スーティルがアクシデントを起こした後、現場直前3ヵ所のポストでは黄旗2本が振動した状態で振られていた。競技規則ではこの場合「速度を大幅に落とし、追い越しをしないこと。進路変更する、あるいは停止する準備をせよ」と定めている。

黄旗2本振動区間のビアンキは、前の周に比べて間違いなく速度を落としていたことが、記録されたデータの検証からわかっている。

ただ、後になってルールが安全を担保する内容になっていないと感じるのは、「速度を大幅に落とす」程度が数字で明記されていないことである。時速210キロから200キロに落とせば、「落とした」ことには変わりないし、「止まれると思った」と主張すればそれまでである。

黄旗2本振動の場合は速度を強制的に落とすシステムを導入する、といった規則変更を含む対応策が協議されようとしている。危険が潜んでいることを知らしめたビアンキのためにも、危険の芽を摘む作業はつづけていかなければならない。

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text:世良耕太/Kota Sera
F1ジャーナリスト/ライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『F1機械工学大全』『モータースポーツのテクノロジー2016-2017』(ともに三栄書房)、『図解自動車エンジンの技術』(ナツメ社)など。http://serakota.blog.so-net.ne.jp/
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