Vol.6 30歳妻子持ち男性、儚くも美しい思い出と世界一美しい車

ダイハツ ユーノス500

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今日は愛車とお別れの日。ディーラーが引き取りにきた。何度経験してもセンチメンタルになってしまう…。ことさらこのクルマは特別だった。その美しいボディ、フロントマスクは私を責めているようにも見えて、余計…胸が痛んだ。
Chapter
妖艶なる美しきセダン

妖艶なる美しきセダン

20世紀が終わる頃、初めての転職をした。新しい仕事を覚えるのは非常にエネルギーが必要。他方で新たな仲間とも知り合えるし、若い私は新鮮な充実感を感じていた。

愛車「ユーノス500」は結婚してから「一目惚れ」で買った初めてのクルマだった。2.0LなのにV型6気筒という、バブルの残り香を感じさせるパワーユニットは時に素晴らしいエキゾーストノートを奏でてくれる。退屈なクルマ通勤にも、ちょっとした刺激を与えてくれるのだ。
職場には同い年の同僚の女性がいた。仕事では主張をするけどバランス感覚のある子で、加えて美人とくれば、男性陣は気になってしまう、そんな存在。

ある日、残業で終電近くの時間まで残っていたので、「家まで送っていくよ」と彼女に声をかけた。大丈夫です~なんて断ってくるかな、と思いきや「ありがとうございます」なんて嬉しそうにニッコリ笑ってくれた。

彼女を駐車場のユーノス500にエスコート。助手席に乗せるのはなんだかドキドキしてしまう。内心、カミさんにばれたら大変だよな、なんて。
ユーノス500は5ナンバーサイズではあるけれど、レザータイプのシート、内装は豪奢であり、小さな高級車。誰を乗せても恥ずかしくないのがこのクルマのいいところ。

道中のおしゃべりも楽しいもの。ふいに彼女から「結婚て…どんな感じなんですか?」なんて問い。「なんていうか…まあ悪くないよ…」なんてありきたりな返答をする私。

「実は…結婚しようと彼から言われて…。でも私は決心できなくて…」
まさかそんな重い話が出ると思わなかった。「チッカチッカ」というウインカーのクリック音を聞きながら私はどう答えたものか逡巡した。

そうこうしてると彼女の家の近くに着く。

「お疲れ様、ゆっくり休んで…」と言いかけた時、彼女は私の肩に体を寄せてきた。気付かなかったが、その目には涙が。私はどうしていいかわからなかったが、本能的に彼女を抱きしめていたのだと思う。いや…抱いてしまった。
「それじゃ書類にサインして、これで引き取り完了です」。車載車に積まれたユーノス500を前にしてハッと我に返った。ああ、お願いします…と事務的な返事をしてかつての愛車を見送った。

車載車の上にあっても、その美しく艶のあるボディラインが「世界一美しいセダン」である事をいまだもって主張していた。

あの日の彼女は今どうしているだろうか。少し胸が痛んだ。
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