なぜ日本の信号機は横向きなの?

日本初の信号機は縦型だった

縦型信号機

まずは、信号機の歴史を振り返ってみましょう。

明治中期から大正にかけて、日本に路面電車や自動車が導入され始め、交通量の増加に伴い、交通整理の必要性が出てきました。

当初は警官による手信号や、手動で作動させる木製信号機(手動で「進め」と「止まれ」が書かれた2枚の板の表示を切り替えます。)で事が足りていましたが、路面電車と自動車が増加するにつれ、人力での交通整理は限界を迎えます。

そこで1930年(昭和5年)11月、現在の日比谷交差点にアメリカから輸入した中央柱式縦型信号機が設置されました。日本の信号機第1号は舶来品で、縦型だったのです。その後、日本の道路事情に合わせて改良していき、現在の信号機へと発展してきました。

日本初の横型信号機の登場はいつ?どこで?

信号

縦型信号機の輸入により一気に縦型が普及するかと思われましたが、実際にはそうでもありませんでした。

また、日本発祥とも言える横型式信号機の登場は1930年(昭和5年)12月で意外と早く、縦型信号機が日本に初めて設置されてから、わずか1ヶ月後です。

設置された場所は京都の八坂神社前と四条河原町の交差点でした。京都には同時に京都駅前にも信号機が設置されましたが、こちらは中央柱式縦型信号機でした。

横型式信号機が開発された理由は、京都だから?

側柱式横型信号機が開発された理由は、設置場所にあるようです。京都に設置された3ヶ所の信号機は、現在の設置方法を初めて採用した信号機でもあります。つまり、進行方向の対面に灯火類を向け、交差点の四隅に設置されたのです。

しかしこの方法は、縦型信号機では街路樹や看板により視認性が悪化してしまいます。そこで、道路側面の構造物により視認性に影響が出ない信号機として横型が考案され、当時、街路樹や看板の多かった八坂神社や四条河原町には横型、比較的開発が進み視認性の悪化要因の少ない京都駅前には縦型が設置されたのです。

日本は信号機もガラパゴスだった!

日本に横型信号機が多い理由は、京都の古い街並みに合わせたカスタマイズ仕様が全国に普及したためでした。

どちらの信号機にもメリット・デメリットがあり、設置地域によって使い分けているのが、日本の実情です。日本ではニッチとされる縦型も、北陸や東北などの積雪地域では、普通に見かけます。

この夏のドライブで、ドライブ先の信号機と積雪の関係を調べる自由研究をお子さんに提案するのも面白いかもしれませんね。

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