忘れられないこの1台 vol.68 HONDA NSR250R SE

忘れられないこの1台 vol.68 HONDA NSR250R SE

アヘッド HONDA NSR250R SE

中学生のころ、バイクマンガで気に入っていたのは「バリバリ伝説」だった。バイクのレースを描いた作品で、主人公が世界の檜舞台でライバル達と戦うといった内容だった。初めて読んだ時の衝撃は今でも忘れられない。ページがすり減るほど何度も読み返した。特にワールドグランプリに出場した時に乗っていた、HONDA NSRに憧れたのだ。

高校時代は部活動に熱中していたのでバイクに乗れなかったが、高校卒業後、アルバイトで稼いだお金を握りしめ、家族に黙って90年式のHONDA NSR250Rを購入した。

この最初のNSR250Rは、購入して数ヵ月でクルマとの事故に遭い全損になってしまったが、運良く、大きな怪我をしなかったので、懲りずにまた92年式のNSR250R SEを購入したのだ。往復100キロある毎日の通学に使用しながら、峠やサーキットなど、走れる所は毎日走り尽くした。

堰を切ったようにそれまで温めていた理想のカタチに近づけようと、カスタムにも手を出した。当時まだインターネットが今ほど普及していない中、オークションで欲しいものが無いか、目を光らせていたのだ。その中で、リアホイールを片持ち式にする〝プロアーム〟 のキットが出品されていたので即決した。

もともと92年式のNSR250R SEは、〝ガルアーム〟 という左右異形の個性的なスイングアームが装備されているが、最終型には、ホイールを片持ち式にする〝プロアーム〟 が装備されていた。ホイールのデザインが強調される片持ち式の〝プロアーム〟 に憧れを持っていたのだ。

アヘッド HONDA NSR250R SE

一番忘れられないのは、専門学校2年生の時、10代最後の思い出にと、クラスメイトと北海道ツーリングに行ったことだ。出発の前日にエンジンを焼き付かせてしまい、翌日スペアエンジンに載せ替えるというトラブルに見舞われた。

友人達には先に出発してもらったが、結局、横浜から北海道最北端である宗谷岬まで、丸々片道一人旅となってしまった。NSR250R SEでのロングツーリングというのは、一見ポジションはキツそうなのだが、低いシートとフェアリングのおかげで、想像以上に快適だった。

若さ故、考えが浅はかだったり、無理やり物事を進めようとするパワーで、ジャンルを越えた使い方を覚えたNSR250R SE。おかげでツーリングからサーキットまで使いこなす〝自分のスタイル〟 を作り上げてくれた1台なのだ。

30を過ぎた今でも、DUCATI848で、シチュエーションを選ばないバイクライフを送っている。10代で学んだスタイルやスタンスは、自分の奥底に深く根付いている。

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text:神谷朋公/Tomokimi Kamitani
1981年生まれ 自動車整備専門学校卒業後、トヨタのディーラーメカニックを経験、バイクのプロショップ、二輪のツナギメーカーであるHYODで営業・広報を経て、本誌編集長とは古くからの縁があり、現在はahead編集部に籍を置く。愛車は2009年式 DUCATI 848。

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