スバルの全車種を紹介!スバル徹底解説!(1963年~1974年)

スバルは太平洋戦争以前から終戦までは中島飛行機という軍用機メーカーとして知られた存在でした。中島飛行機は戦後GHQによって解体されるものの、富士重工業として再集結し、スバル 360の開発を経て自動車メーカーとしてスタートします。

そんなスバルからは、1960年代から1970年代中盤にかけてどのような車種がラインナップされていたのでしょうか。乗用車を中心に当時の車種を紹介します。

文・PBKK

Chapter
スバル 1000(1966年)
スバル ff-1(1969年)
スバル R-2(1969年)
スバル ff-1 1300G(1970年)
スバル レオーネ(1971年)
スバル レックス(1972年)

1963〜1974年のスバル

1950年代から1960年代にかけて、スバルは軽乗用車のスバル 360と軽商用車のサンバーを販売し、高い品質を備えた軽自動車をラインナップさせていました。

しかし、もともと「P-1」というコードネームの小型車を試作していたため、その後も小型車開発を続行。そして1966年にスバル初となる小型乗用車「スバル1000」を発売し、これを革切りにさまざまな乗用車を発表していきました。

スバルのクルマづくりを主導した1人の開発者「百瀬 晋六」

試作車P-1やスバル360など、当時のスバルの乗用車開発は「百瀬 晋六(ももせ しんろく)」という技術者を中心に進められました。

百瀬氏は1919年に長野県に生まれ、現在の東京大学にあたる東京帝国大学工学部へ進学し、航空機のエンジンなどを学びます。卒業後の1942年に中島飛行機へ入社しますが、その直後に日本帝国海軍の航空機の開発などを行う海軍航空技術廠へと招集されてしまいます。

その後、1945年に太平洋戦争は集結し、百瀬氏も海軍から中島飛行機へ戻ろうとしますが、中島飛行機はGHQの命令により複数の会社へと解体されてしまいます。百瀬氏はそのなかの1つである富士自動車工業へと移ることになり、そこでバスの車体製造などのクルマづくりに関わることになります。

結果として百瀬氏はエンジンから車体製造までさまざまな技術やノウハウを身に着け、P-1やスバル360、そしてスバル最初の量産小型乗用車であるスバル 1000の開発をリードしていきました。

スバル 1000(1966年)

スバル 1000は、スバル初となる小型乗用車であり、同社で初めて水平対向エンジンを搭載したクルマです。

現在では当たり前となったFFレイアウト(フロントエンジン・フロントドライブ)を、国産小型乗用車として最初期に採用し、水平対向エンジンなどスバル独特のメカニズムが盛り込まれたクルマでした。

水平対向エンジンは通常のエンジンに比べて低い位置に設置できるメリットがあり、スバル 1000ではその特徴を活かしエンジンルームにスペアタイヤを搭載し、そのぶん室内空間を広くするなど、スバル流とも言える合理的な設計が施されていました。

サスペンションも乗り心地に優れる4輪独立懸架方式が採用され、その結果、同クラスの他車種に比べて広い車内空間を実現し、クラスを超えたクオリティが高く評価されたと言われています。

スバル ff-1(1969年)

スバル ff-1は、1966年に発売されたスバル 1000の後継車種として登場したクルマです。

スバル 1000をベースにフロントマスクなどのエクステリアに変更が加えられエンジン排気量が1.1Lに拡大されるなど、スバル 1000からさまざまな改良が加えられました。

一方でボディーサイズはスバル 1000とほぼ同じ寸法で、FFレイアウトを踏襲するなど、基本的な部分は大きく変わらないため、実質的にはスバル 1000のマイナーチェンジモデルとされる場合もあるようです。

スバル R-2(1969年)

スバル R-2は、スバル 360に続いて登場した軽乗用車です。

1960年代には各自動車メーカーから実用性や個性を兼ね備えた多彩な軽自動車が登場し、スバル 360も登場当時の勢いを失っていました。R-2は、そうした多様化する軽自動車市場に対応し他メーカーに劣らない軽自動車として、スバルの技術が注ぎ込まれたクルマでした。

発売当初は当時主流だった空冷エンジンを搭載していましたが、1971年に水冷エンジンを搭載し、標準モデルの馬力が30PSから32PSに高められるなど、販売中も細かい改良を繰り返してライバル車種との競争力を高めていきました。

R-2は最終的に1974年まで販売されましたが、途中で新型軽自動車のスバル レックスが登場したことによって水冷エンジンモデル、空冷エンジンモデルの順番で姿を消していきました。

スバル ff-1 1300G(1970年)

スバル ff-1 1300Gは、スバル ff-1の後継車種として登場しました。

旧モデルであるff-1は、1966年に発売されたスバル 1000をベースにエクステリアやエンジン排気量を拡大していきましたが、1300Gもボディーサイズなどの基本的な部分はスバル 1000と同様とされています。一方でエンジンは排気量が1.3Lまで拡大され、環境規制対策か施されるなど時代に合わせた進化を遂げています。

こうした経緯や名前に旧モデルのff-1が残っていることから、ff-1 1300Gもスバル 1000のマイナーチェンジモデルと位置づけられる場合があるとされています。

スバル レオーネ(1971年)

スバル レオーネは、水平対向エンジンに加えてフルタイム4WD(4輪駆動)を採用するなど、現在のスバルのクルマの礎を築いたクルマです。スバル 1000で実用化された水平対向エンジンや、それをベースにした車体開発などのノウハウを活かし、当時の乗用車として珍しいフルタイム4WDを採用していました。

乗用車においてフルタイム4WDを採用しているメーカーは当時少なく、海外でもアウディなどの限られたメーカーでしか見られない方式でした。常に4WD状態であるため、当時主流だったFRレイアウト(フロントエンジン・フロントドライブ)のクルマに比べて安定感があり、エクステリア(外装)のデザインやハンドリングから人気を集めました。

発売当初は2ドアクーペのみがラインナップされていましたが、併売されていたff-1 1300Gと入れ替わる形で4ドアセダンやバンなどのモデルが追加され、スバルを代表する乗用車となりました。

スバル レックス(1972年)

スバル レックスは、スバル R-2の後継車種として約20年間にわたり販売され続けた軽乗用車です。

初代レックスはR-2販売期間中の1972年に登場し、最新の水冷エンジンを搭載していました。初代レックスは2ドアと4ドアを基本形としていますが、リアガラスが車体後端にまで伸びており、ノッチバックのような特徴的なスタイリングとなっています。

また、スタイリングを重視した結果、商用モデルでは車内空間が足りず、後席の設定ができなくなるなどの問題もあったとされています。

スバルは戦前に培った飛行機メーカーの技術力を活かし、百瀬氏を中心として戦後は独特のメカニズムを持つクルマを数多く開発してきました。

1970年代初期には技術力を優先させたクルマづくりも見られ、スバル 1000ではマフラーを車体の端に寄せてフラットな床面を実現するなど、当時のスバルのこだわりが伺えます。