トヨペット コロナが初採用!大流行したハードトップは、なぜ消滅した?
更新日:2020.01.09

1965年にトヨペット コロナが、日本車として初のハードトップボディを採用しました。その後、ハードトップボディは大流行し、クラウンやセドリックなどの高級車からブルーバードやカローラなどの大衆車まで、広く採用されました。それほど人気を博したハードトップですが、なぜ消滅してしまったのでしょう。
文・赤井福
ハードトップボディとは?
ハードトップボディとは、エンジンルーム・キャビン・トランクの3つを持つデザインの3ボックスで、Bピラーを持たないスタイルをハードトップといいます。
2ドア、4ドアともにハードトップが存在し、前席と後席の側面窓をおろした際にピラーやサッシュが残らないことによる開放感と流麗なデザインを実現していました。
アメリカで初採用となったキャデラック クーペドゥビルは、1949年に登場。日本では、トヨペット コロナが1965年に採用し、1970年代から80年代には、ほとんどのセダンがハードトップスタイルになっていました。
ハードトップボディの欠点
開放感と流麗なデザインと引き換えに、ハードトップはボディ剛性が低くなるという欠点がありました。
通常、3ボックスのクルマには、3つのピラーがあり、それぞれが柱の役割をしてボディの剛性を高めていますが、そのなかの1本の柱を抜いてしまうと…、剛性が下がるのは明らかです。
さらに、側面衝突に対する安全性能が低下するため、その他の部分での補強が必要となり、重量や製造コストも増加します。
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