おしゃべりなクルマたち Vol.59 縦笛とクルマ

当地にも何社か、日本企業が研究所を置いたり、フランスの会社とジョイントベンチャーを行ったりしているために、日本人駐在員の家族が住んでいる。といっても隣り町のニースとすら比較にならぬほど少ないし、日本人コミュニティのようなものが存在しないためか私自身、知り合う機会はめったにない。

text:松本 葉 イラスト:武政 諒 [aheadアーカイブス vol.128 2013年7月号]

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Vol.59 縦笛とクルマ

Vol.59 縦笛とクルマ

アヘッド 縦笛とクルマ

それでもたまに声をかけられたり、フランス人を通して紹介されたりすることがあって、最近もひとり、春先に赴任した駐在員の奥さんと知り合ったばかりだ。

僅かな経験の範囲で言うと、駐在員、つまりご主人は家で靴を脱ぎ、お弁当を持って会社に行き、英語は上達しても仏語はまったく話さず赴任を終えるヒトが多いが、奥さんは滞在中に出来るだけ多くのことを吸収しようと奮闘する。

言葉を学び、お稽古事をして、友達をつくり、家ではニホンにいたときと同じ食事を用意する。今回、知り合ったのもまさにこんなヒト、会ってすぐ里芋をもらった。当地に住んで13年になるが、私は里芋を売る八百屋など、見たこともなかった。

これがニホン女性のスバラシさだ、私は彼女を見ているといつも感動する。向上心が強くエネルギッシュ。だから会うたびに言ってしまう。「あなたは偉い !」、すると彼女は控えめに答える。「そんなことないのよ、わからないことはいっぱいあるの」 里芋の次は長芋でも探しているのかと思って尋ねると彼女が言った。

「いつか、お宅の娘さんの音楽の授業でみんなが出来ないから縦笛を教えるのを止めたって言ったでしょう。どうして努力しないの?」 

どうして努力しないのかって縦笛を努力して吹けるようになることってそんなに大切か、私はこう思うけど。

「どんなことでも出来ないことは努力すべきでしょう」、彼女は笑いながら言ったけれど、その目は真剣でたじろいだ。

「クルマをあのままにしておける、っていうことも私にはすっごく不思議だった」

いつだったか私が友達のフランス人のクルマに乗っていたときに彼女を見かけ、声をかけた。その時、乗ったクルマ、フォード・フィエスタのことを言ったのだ。

走行距離27万キロのフィエスタは窓が半分しか開かず、メーター類がすべて壊れていて、プラスチック類もフロアマットもシートも薄汚れている。ゴミが落ちているわけではないが、確かにすべて"そのまま"。朽ち果てるまで乗るからこれでいいというのが友人の考えで、だから修理しない。

私もこのフィエスタをきれいだとは言わないが、当地ではわりに一般的なクルマとの付き合い方で、だから不思議には思わない。

「不思議に思わないのはあなたがヨーロッパ慣れしたせいよ」、彼女に言われて考えこんでしまった。ヨーロッパに住み始めたとき、私はどう感じたのだろうか。記憶の糸をたぐったが、ついぞ思い出せなかった。

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text:松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

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