おしゃべりなクルマたち VOL.61 メガホンと耳栓

エバるようなことではないが、私は仕事から家事、スタイル、果ては子育てにいたるまでこだわりがまったくない。この方がいいよと言われればころりと意見を変える人間だ。あえて言うなら仕事では文頭に1字だけ残して改行しないこと、装いでは柄物と柄物を一緒に着ないことにしているが、どちらも目がチカチカするので避けているだけのことで、こだわりにはほど遠い。

text:松本葉 イラスト:武政 諒 [aheadアーカイブス vol.130 2013年9月号]

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VOL.61 メガホンと耳栓

VOL.61 メガホンと耳栓

アヘッド おしゃべりなクルマたち VOL.61 メガホンと耳栓

友達にベッドメーキングだけはこだわりがあって他人には任せられないというヒトがいるが、一度、手伝ってうんざりした。

ここを2回まげて、あちらをぐっと折りこみ、下を3回斜め45度に引っ張り、引っ張ったまま云々と実に複雑だったが、仕上がりは(友人はまったく違うと主張したが)ウチのベッドと何も変わらず力が抜けた。こだわりにこだわると世界が小さくなるだけ、とこう思っていたのだが。

16歳の息子が隣りに免許保持者が乗れば運転可能の同伴免許を取得して2ヵ月が過ぎた。子供が運転するクルマに乗ると恐ろしさで声が枯れる、周りからこう脅かされていたが、私の場合、怒りで声を枯らす日々。「車線変更しろ」「加速しろ」「ズルズル出るな」、こうしろ、ああしろと叫んでいたら怒鳴り返された。

「自分の流儀を俺に押し付けるな」。えっ、今、なんて言った?思わずこう聞き返してしまった。“自分の流儀?”なにそれ?

私の場合、彼の運転がそれほど怖いとは思わない。初心者だから上手くはないが、歩行者に気をつけ、周りのクルマに寄っていかない、それくらいの常識はある。腹をたてるのは私の運転と違うこと。たとえばロータリーが見えると彼はシフトダウンする。アウト・エコールでこう習ったらしい。

私はロータリー直前まで減速せず、最後にブレーキを踏み込む。縦列駐車ではいったん左前方に出て後ろのクルマをブロックしながらバックするが、彼は駐車車両と平行に並べて切り返す。どちらが正しいというようなことではないのに、彼が空きスペースと平行に前進すると横からステアリングを回したくなるのだ。

友達のクルマに乗っても、ダンナの横に乗っても、運転に注意を払うようなことは一度もなかった。仕事仲間には他人の運転は信用できないからタクシーに乗らないというヒトが結構いるが、私にはこれが理解できない。ヒトそれぞれの運転に敬意を払うというより、自分がステアリングを握らないときは別のことを考えている、それだけのこと。にもかかわらず、息子には…。

運転に自分のやり方があることにまず驚き、自分のやり方で息子が運転しないと気に入らないことに驚いた。何より驚いたのは、日頃はドライビングに自信はありませんと言いながら、息子に自分と同じように運転していれば安全だと教えている自分がいることだった。アタシはこんな人間だったのか !?

今年の夏は彼の運転でフランス半周の旅に出る。耳栓持っていく、と彼は言う。私はメガホンを持っていく予定である。

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text:松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

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