EVオヤジの未来予想図 VOL.11 千年希望の神隠し

アヘッド EVオヤジの未来予想図

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5月17日。風薫るお台場を後にしたEVスーパーセブンは、15日間の東北地方の旅を終えて、無事に東京に戻った。旅の詳しいレポートは、日本EVクラブのHPをご覧いただくことにして、ここではいくつかのエピソードをお伝えして、旅の深度を深めたい。

text:舘内 端 [aheadアーカイブス vol.188 2018年7月号]
Chapter
VOL.11 千年希望の神隠し

VOL.11 千年希望の神隠し

今回の旅の目的は2つ。ひとつは2011年の震災で亡くなられた方の鎮魂である。もうひとつはEVは電気貯蔵庫であり、その電気を取り出せば震災時に役に立つことをご理解いただき、EVの普及につなげることだ。

旅に出る前から絶対に行って鎮魂しようと思っていたのは、「千年希望の丘」であった。その名前が被災の厳しさを物語っている。1000年間も津波が来ず、平穏な日々を送りたいという希望をこの丘に託したに違いない。

希望を託された丘は、仙台空港の近くにあった。ただ、広い。広くて何もない。そんな平野に、ぽつねんと土が盛られ小高い丘があった。見渡すとそうした丘が、ポツン、ポツンとある。

仙台空港近くの岩沼市の10キロメートルに渡る沿岸すべてが、いわば1000年希望の平野なのである。ここをあの津波は襲い、すべての人と家屋を押し流したのであった。

許可を頂き、その一角でEVキャンプを張らせていただき、夜が更けると亡くなった方々を鎮魂させていただいた。キャンプに必要な照明具、情報機器、炊飯器を初めとする調理器等の電力は、すべてEVスーパーセブンと、サポートカーのアウトランダーPHEVの電池から「給電」した。

暗くなる前にと急いでキャンプの準備をした。それでも夜は暗かった。まったく人家がない荒野はすっぽりと深い闇に包まれ、キャンプサイトを少しでも離れると足元も手元も見えない。

震災の時も、このような漆黒の闇に包まれたかと思うと、被災者の人たちはどれほど不安だったことだろうか。明かりが欲しい。TVのニュースが見たい。家族の安否を知りたい。そして、きっと暖かい飲み物と炊き立てのご飯が欲しかったのではないか。

昼間には見えた高さは10メートルもあるかと思える慰霊碑が、闇の深さに消えて見えない。EVスーパーセブンのヘッドライトを照射すると薄ぼんやりと浮かび上がった。

2個で計120ワットのスポットライトの電気は、EVスーパーセブンから取り出した。LEDランプなので、白熱球であれば1200ワット相当だ。これで慰霊碑をライトアップした。

夜も更けて、私の分のテントはないので予約したホテルに向かった。頼りはリーフのヘッドライトだけ。だが、千年希望の丘の闇の深さはリーフのヘッドライトを受けつけなかった。数メートル先しか見えない。

芝が手入れされた公園を外れると、背の高い藪に覆われた。周囲だけでなく、空も見えなくなった。リーフはすっぽりと闇に包まれた。やがて道幅は細くなり、二股が現れた。

ナビを覗くと、ない。現在地を示すマークがない。「スマホはどうだ」 スマホの画面にも現在地マークがない。それどころか、リーフのナビの画面が暗くなり、1本の薄茶色のラインが不気味に右に左に動き始めた。

そのラインに誘われるように二股を左に行くと、無事にナビが回復した。きっと震災の時はこんな暗闇の中で人々は行き場を失ったに違いない。さぞ怖かっただろうと思った。

翌22日は、そこから6キロメートルほどのイオンモール名取で、「東北大学災害科学国際研究所」の柴山先生にご登壇いただき、災害時のEVによる救援の可能性を討議した。先生に昨夜の千年希望の丘の神隠しについて聞こうと思ったが、やめた。

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text:舘内 端/Tadashi Tateuchi
1947年生まれ。自動車評論家、日本EVクラブ代表。東大宇宙航空研究所勤務の後、レーシングカーの設計に携わる。’94年には日本EVクラブを設立、日本における電気自動車の第一人者として知られている。現在は、テクノロジーと文化の両面からクルマを論じることができる評論家として活躍。

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