クルマやバイクに文学はあるのか クルマやオートバイには人を突き動かすエネルギーがある

アヘッド 文学はあるのか

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前号では『クルマやバイクに文学はあるのか』と題し、その前編として、これまでにクルマやオートバイがどのように表現されてきたのか、どう語られてきたのかを振り返ってみた。後編の今回は、クルマやオートバイを乗ることに、文学的といえる要素が含まれているのか、それは、他の文学的存在と同じように、人を突き動かす原動力になり得るのか、というところに迫ってみたい。

photo:渕本智信、菅原康太、長谷川徹 [aheadアーカイブス vol.136 2014年3月号]
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10代の頃の刷り込みが今も自分を突き動かす
小沢コージが考える「クルマが文学になるための条件」

10代の頃の刷り込みが今も自分を突き動かす

劇作家の唐 十郎を父に、女優の李 麗仙を母に持ち、演劇界のサラブレッドとして生まれた大鶴義丹。俳優であるとともに、1990年には『スプラッシュ』で「すばる文学賞」を受賞した小説家でもある。脚本家や映画監督としても確実にキャリアを重ね、2012年にはオートバイ乗りのバイブルと言われる劇画『キリン』を実写映画化して成功を収めた。本誌で2006年から連載を持つ大鶴義丹と編集長の神尾 成のふたりがオートバイ文学論を展開する。

神尾 前号で『クルマやバイクに文学はあるのか』と題し、その前編として、これまでにクルマやオートバイがどのように表現され、語られてきたのかを振り返ってみた。後編は、なぜそれが人に影響を与えたのかなど、もう少し先のところを考えてみたい。とはいえ、文学に明確な定義はないから、今回は文章表現だけに限らず、受け手側の心を動かし、その後のその人の生き方に作用したものを文学だと定義したい。実際に、明治、大正、昭和の文学作品は、多くの人、特に10代の若者の心に入り込み、読んだ側の価値観を変化させた。それに近いものがクルマやオートバイにもあるのではないかというのが今回の特集のテーマだ。

大鶴 そういった観点で見た場合、それに出会った年齢とかタイミングが全てだと思いますね。団塊の世代と言われる昭和24年生まれの村上春樹さんは、どの小説を読んでも彼が10代を過ごした'60年代の空気が濃厚です。例えば、田舎で生まれ育った人が18歳くらいで東京に出てきて、何となく孤独を感じているときに学生運動なんかにバチッと出会ってしまったら、もうそれは生涯引きずるでしょう。僕の知り合いにもそういう人がいますよ。当時は、時代的に今よりずっといろんな「舞台装置」がありましたし、今ほど余計な情報も入って来ないから想いも強くなったと思います。

神尾 10代の頃に受けた影響は生涯に渡って続くのかもしれないな。話は変わるが、文学が文学そのものだった時代を経て、'70年代に文学と同じ意味合いを持ったのはフォークソングやロックなどの音楽だったのではないかと考えている。今の50代から60代の方たちが、まさにその世代。そして音楽の次に'80年代後半から文学的な立場になったのは、日本のアニメーションだと思う。「ガンダム」や「エヴァンゲリヲン」に自分の人生を見出す人がいる。そしてオートバイは少数派かも知れないが、同じように文学的要素があると信じたい。オートバイによって人生が動きだした人がいるのを見て来たし、我々自身がそうだろう。

大鶴 確かに。僕らの世代はオートバイとの出会いは16歳です。ここがクルマとの最大の違いだということに最近になって気付いた。16歳で出会うか、18歳で出会うかは大きな差だなと。16歳は「個」に近い、18歳は「社会」に近いというイメージがあるんです。何も知らない無力な16歳のガキがオートバイと出会ってしまった。これは凄まじい体験だったんです。走り出したとたんにドカーンと訳も分からず凄いエネルギーが全身を駆け巡った。18歳で乗り始めたクルマは、大人になるための出会いと言った感じで全く違う。オートバイと出会った16歳のときの衝撃を今も引きずっている。

神尾 オートバイに乗る世代に関して言うと、昭和44、45年生まれくらいを境にギャップがあるように感じる。自分たちとは、そこへ向かうメンタルが違っている気がする。

大鶴 それはよく分かります。'70年代生まれから、ちょっとヒップホップが入ってくるんですよ。僕らはディスコ世代で、最終目標にヴィップルームがあった。でも3つくらい下になるとディスコじゃなくクラブになる。しかもヴィップルームに憧れるのはちょっと違うらしい。
神尾 反発や反抗のスタイルをむき出しにしない世代なんだろう。彼らが免許を取ったのは、暴走族が一段落して、全てのことが整理されたあとだから。レースをしたいやつはレースを、ツーリング派はオフロード車に乗って北海道へ、カスタムにハマればカスタムマニア、みたいに細分化されたことも意識が異なる原因だと思うな。

大鶴 その頃は、もうカオスじゃないんですよ。『あいつとララバイ』のように走り屋と暴走族がケンカするようなこともない。

神尾 '82年の11月にカウルが認可され、その翌年の春に「RG250Γ」が出た。ここから加速度的にオートバイは進化して、レーサーレプリカの全盛期を迎える。これも世代間ギャップのきっかけになったはずだ。彼らが免許を取る'85年、'86年頃から先のモデルは、'82年以前と完全に別な乗り物になった。

大鶴 それより少しあとの'88年頃のことなんですが、人間を置き去りにして進化したオートバイは、壁にぶち当たっているなと感じてました。僕が親だったら、レーサーレプリカは危険すぎて自分の子どもには乗せたくないと考えてましたよ。それに、その頃のオートバイでは、「物語」を描けなくなっていました。

神尾 走り屋も暴走族もバイク雑誌も'80年代の前半までは、思想的だった。だが中盤以降は情報やスペックが重視されるようになっていく。オートバイに乗る人のマインドもライトでドライになっていったから、そう変化せざるを得なかったんだろう。しかしそれが、オートバイにおける思想を衰退させる要因になったのは間違いない。

大鶴 中三の時の思い出ですが、卒業した先輩がCBXを中学校に乗ってくるんです。「ひと吹かし100円」て。それでも僕らはアクセルを開けてみたい。で、先輩は500円とか600円で5リッターだけガソリンを入れに行くんです。そのときに少しだけ後ろに乗せてもらって。スゲーって、家に帰ってもその感覚が忘れられない。
●『キリン POINT OF NO-RETURN!』
監督:大鶴義丹 DVD(PREMIUM EDITION3枚組)販売元:インターフィルム ¥6,090
バイブル的人気を誇る東本昌平の漫画「キリン」を、監督を務める大鶴義丹のもと実写映画化。バイクに生きる男達の精神性や生き様を描いている。作品のために特別にカスタマイズされたバイクや、公道で繰り広げられるポルシェ911とのバトルなども見どころ。(写真のクリアファイル、パンフレットの他、Tシャツがセットになった特典付きDVDは代官山蔦屋書店のみの取り扱い)

神尾 想いを温める時間が思い入れを強くするんだよ。それに体験の刷り込まれ方が重要なんだ。その時の匂いとか音とか、目に見えない物の方が深く印象付けられる。それと、思想的というより少し宗教的なんだけれど、10代の頃の自分に「お前はそれで良いのか」と今でも問い質されるときがある。その頃の自分をごまかすことはできないな。

大鶴 そいつはやっかいな奴ですよ。でも下の世代は、そういう感覚を持ってないのかも知れません。

神尾 それが下の世代の良さと言うか持ち味なんだろう。そういう変なこだわりがない分、前に突き進むエネルギーがあるように思う。昭和46年生まれの伊丹孝裕は、マン島TTだったり、パイクスピークだったりにチャレンジして行く。オートバイによって突き動かされているという意味では自分たちと同じ。アイデンティティの縛りが少ない分、常にオリジナリティを求めてる気がする。ある意味で自分たちの世代と闘っているようにも見える。

大鶴 そうかもしれませんね。話は変わりますが、小説でも映画でも、作者や脚本家にとって、それが切っても切れないものなのかどうかが分るって大切だと思うんですよ。作品の中で、作者に刷り込まれている場面をチラッとでも垣間みると、そこにすごく惹かれたりしませんか。

神尾 登場するオートバイのチョイスだとか、ちょっとした改造の仕方だったりとかで、シラケたりするし、ハマったりもする。

大鶴 そうですよね。「海沿いにオートバイがあって、それが黒ければ悪っぽくてかっこいいじゃん」というのは簡単すぎる。

神尾 そういう意味で、表現するということにおいては、どこまで嘘がないかというのは重要なことだ。往年の文学者は、生き方というより、生き様そのものが表現だった。

大鶴 知り合いに同年代の小説家が何人かいますが、案外、普通の人が多いんです。ある種のオタクだと思うんですよ。言わば泥を喰ってない。三島由紀夫のように、最後には文字に退屈して、社会からはみ出してしまうような、そんな人間が表現するものの方が本物で面白い。

神尾 生き様から表現者であり続けているといえば、親父さんがまさにそういう方じゃないのか。演劇人として一貫しているように見える。

大鶴 同じことをずっとやってきただけですよ。世間が一周して戻ってきて勝手に評価しているだけです。流行りを追わずにそこにいれば時代は一周してくる。ひとりの人間が表現できることは限られていますから。僕は、これからもオートバイの世界を自分なりに表現していきたいという想いがあります。

神尾 前号コラムの「バイクは気持ちが良いから乗っているのではない。バイクに乗らない自分が許せないから乗っているのだ」は名言だった。その言葉に全てが言い尽くされている。オートバイは単に楽しい乗り物ではないし、安全な乗り物でもない。面倒なことや辛いことの方が多い。それでも乗り続けるのは、その人がオートバイに文学的な何かを感じているからだと思うな。だから簡単に降りることはできない。

大鶴 オートバイに乗る人は、社会的な価値よりも個人的な価値を求めているので、一般的な理屈は通じない人種です。それにオートバイ自体が社会に必要とされていないから乗っているだけでその人を枠からはみ出させてしまう。そこがまさに文学だと言えるところではないでしょうか。僕は10代のときの刷り込みから逃れられないまま、オートバイに乗り続けていくでしょう。

小沢コージが考える「クルマが文学になるための条件」

ー前号では、エッセイストの松本 葉さんに、雑誌の中でどのようにクルマが語られ、モノを言わないクルマが、いかにライフスタイルやカルチャーと結びつけられてきたか。そんなことを書き綴って頂きました。なかでも、'84年に創刊された雑誌『NAVI』が果たした役割と影響力の大きさは多くの人が認めるところでしょう。松本さんはその立ち上げメンバーのひとりだったため、本企画における最初のキーパーソンでもありました。やがて編集部を離れてイタリアへ移住されたわけですが、小沢さんがちょうど入れ替わるように編集部員になられましたね。つまり、ふたりそれぞれの目線を通してクルマを語ってもらうことで、NAVIの成長期と黄金期にも重なり、ひいてはクルマやその周辺の様々な事象が何をもたらしたのかを俯瞰できるのではないか、と考えたのです。そもそも、なぜNAVI編集部を志望されたのでしょうか。そのあたりの経緯から聞かせてください。

小沢 もちろんクルマが好きだったのは確かです。ただ、マニアと言われるほど細かいデータやヒストリーに精通していたわけではないですし、特別運転が得意だったわけでもありません。もっと言えば、クルマ雑誌の熱心な読者でもなかったんです。なのに、NAVIだけは隅々まで読んでいた。なぜなら、クルマそのものではなくて、その先にある人やモノ、生活を語ってくれていた雑誌だったからです。特に、僕のようなごく普通の人間にとっては、クルマで得られるサンビャクバリキやサンビャッキロはあまり意味がない。NAVIはそんなことよりも、クルマを楽しむための方法や捉え方をいくつも教えてくれたんですね。スペックじゃない世界がクルマにはある。それを目の前に広げて見せてくれたのが、NAVIであり、初代編集長の大川 悠さんと二代目の鈴木正文さん。僕はその世界観に憧れ、入社したと言ってもいいでしょう。

ー確かに小沢さんの書く文章は、クルマそのものではなくて、クルマを通して自分が何を得たかが表現されています。楽しかったとか速いとか乗り心地がいいとか、そういう近視眼的なことではなく、原稿に自分流にアレンジした言葉や思いを乗せている。それが読者の気持ちを動かしたり、行動を促したりしているように思います。

小沢 そういう評価があるとすれば、とても嬉しいことです。スペックだけの記事は書きたくないですし、本当におもしろいと感じたことだけを書いていたい。そこに共感してくれる人がいるから続けていられると思います。そういう意味で言えば、『ベストカー』で連載させてもらっている〝愛のクルマバカ列伝〟なんかは、僕にとって最大の仕事であり、勝負の場でもあります。新車情報でもなければ、スペック主義でもなく、クルマの楽しみ方は人それぞれで、ルールもヒエラルキーもないってことだけを、延々と、かれこれ15年も表現しているわけですから。「あのクルマが欲しい」じゃなくて、「あんな風にクルマとかかわりたい」と思ってくれる読者がひとりでもいれば嬉しいですし、その結果としてクルマを買ったなんて言われると最高の褒め言葉ですよね。
ーところで、我々の『ahead』というタイトルにも「一歩踏み出して欲しい」という願いが込められており、実際、誌面を飾るクルマやバイクを媒介にして、行動のきっかけを掴む人がいます。小沢さんの場合は、NAVIによって編集者の道を選ぶという直接的な行動でしたが、そうでなくともクルマを買ったり、関連する仕事に就いたりといろいろなケースがあるでしょう。もちろん、数の原理で言えば決して多くはないのかもしれませんが、そんな風に、クルマやそれを表現する言葉が人を突き動かすということに、ある種の文学性を感じています。大げさに聞こえるかもしれませんが、太宰治や三島由紀夫が紡ぎ出す言葉が人の心を捉え、大きなうねりを生み出しましたよね。ああいった流れは、文学のチカラそのものではないでしょうか。'70年代のフォークソング、'80年代以降のアニメといったムーブメントも、表現方法が変わったというだけで、人の心や行動に影響力を及ぼすという意味ではかつての文学と同様だと思います。そういうチカラがクルマやバイクにもあるのではないかと。そう考えたのが本企画の出発点でした。

小沢 文学に定義も線引きもありませんから、いかようにも解釈はできると思うんです。裏を返せば、「クルマは文学だ」って言い切ることもできるでしょう。ただ、文学という言葉の響きには、どうしても格調の高さがつきまといます。そういう視点で言えば、クルマがその世界に到達しているとは言いづらい。だからこそ、文学的なものであって欲しいとも思っていますが、それを確固たるものにする環境や条件がいろいろな所に飛び散っていて、土台がないのが現状ではないでしょうか。

ーといいますと。

小沢 クルマが文学に成ろうとするには、そう言い切れる、誰の目にもあきらかなジャンルとして確立していなければならないと思います。もっと言えば、ビジネスとしても成立していなくてはいけない。なぜなら、文学や文化はそれを育てる土壌が必要なわけで、そのためには、パトロンがいなければ始まりません。小説でも音楽でもアニメでもなんでもいいですが、なにかを表現する場を確保するためには、それを支援してくれるチカラが要ります。雑誌に照らし合わせると、その多くは広告主と言ってもいいでしょう。

現実問題として、雑誌作りには取材費、人件費、印刷費……といったコストが掛かり、本来無くても生きていける雑誌というエンターテイメントのために、広告主がそれを補ってくれています。そういう図式を知っていようといまいと読者は価値があると思えば、そこに対価を支払い、作り手はその価値をもっと上げようと努力する……そういう土台というか、気運の一致があってこそだと思うんですよね。

小説家だって、それを書いているだけでは生活すらできないでしょう? 書くことに没頭できる環境があり、それを手にしてくれる読者がいなければ、世の中に文学なんて成り立たないんです。「~~賞」や「~~アワード」なんていうのも、それらを育てるための場であり、世の中に広めるためのツールになってくれている。

翻って、クルマの世界はどうなのか、と問われると少なくとも今の雑誌の世界には、そうした場や環境がありません。かつてはあったかもしれませんが、それが定着しなかったということは、クルマがそういうものに育つことを求められていないということでしょう。付け加えれば、それらを守り、育てるべき自動車メーカー自身が広告主であることを逆手に取って、書き手の自由な表現を奪う権限を持ってしまったことも大きな要因だと思います。
●『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』
宝島社 著者:小沢コージ ¥1,365
ペーパードライバーから脱するための練習方法が、小沢コージの
豊富な知識とユニークな視点で書き綴られている。

●『マクラーレンホンダが世界を制する!』
宝島社 著者:小沢コージ ¥880
2015年の復帰に先立ち、マクラーレンホンダの栄光の歴史からゴールデンコンビ再結成の理由、初年度の勝算などを、様々な角度から分析予想。

ーかつてクルマに文学性があったとしたら、それはいつでしょう? また、なぜ今はそれが無くなってしまったのでしょうか。

小沢 '90年代にはまだ残されていましたし、それ以前は間違いなくありました。高度成長期を含め、みんなクルマが大好きだった時代です。クルマによって人生が変わる、それを手にしたらなにかが起こると信じ、働いてお金を貯めた先にあるクルマ生活に夢を見られた時代がそれです。そういう中、NAVIの生みの親とも言うべき『カーグラフィック(CG)』が創刊され、小林彰太郎さんが世に出てきた。その存在も言葉もまさに文学のそれであり、真のジャーナリズムだったことに異論はないでしょう。

大川さんはそうした環境の中で育ち、CGの中に散りばめられていた文学的要素を抽出してNAVIを作った。それを鈴木さんが引き継ぎ、さらに育てていったのはよく知られている通りです。言わば、あの頃のNAVIは限りなく文学に近づいたんじゃないでしょうか。では、なぜ負けたのか? もちろんそこにはいろいろな要素が絡み合っているため、はっきりとこれだとは言えません。

読者や時代の変化、作り手や書き手の能力、景気の良し悪し……いずれにしても、NAVIという媒体自体が文学を育て、それを守るべき最大のバックボーンだったにもかかわらず、それが続けられなくなったのは、いつの頃からか世の中に求められなくなり、それが今も続いているとしか言いようがないんです。
ー日本において、それを根づかせるのは難しいんでしょうか。

小沢 なんと言っても、クルマ業界以外の人達は、クルマそのものを文化とも、まして文学とも認めてはいません。ここ日本では、不可解な税制度のおかげで古いクルマは所有しづらいですし、精神的にもクルマに楽しみを見い出さないように教育されています。

幼稚園や小学校からクルマは危ないものとして叩き込まれ、道路交通法も教習所の教えも運転することの歓びは排除するような教育システムになっていることを見ても明らかです。国力を押し上げるため、産業としては認めていても快楽であってはいけないんです。日本には素晴らしい技術と歴史あるメーカーがたくさんあり、F1でも2輪の世界グランプリでも頂点に立ってきました。それは国のチカラそのものであり、誇るべき文化ですよ。それなのに、社会的には異常なくらいにクルマを否定する国なんです。そんな環境下では、クルマが文学として定着しようがない。

ーそういう意味では小沢さんは闘ってますよね。新車を売り、産業を実らすための原稿ではなく、エンターテイメントを読者に提供している。
小沢 だから、ほとんどの場面で負けるツライ闘いですよ。そんな中でも、例えばさっき話した〝愛のクルマバカ列伝〟のようなものが続けていられるというのは本当にありがたい。あれこそ、NAVIで鍛えられたものを僕なりに解釈して、今も表現し続けている場でもあるからです。

僕は大川さんと鈴木さんのもとで育った子供だという自負があるため、クルマはもっと自由に楽しんでいいんだと、そう思わせてあげるのが仕事のひとつ。それを意識しているわけではありませんが、文化とはそんなちょっとした心の余裕から育まれるものだと思います。そういう意味では、たとえ数は少なくなっても、クルマに気持ちを動かされる人がいなくなることもまた無いでしょう。NAVI時代に築いた、エンターテイメントを提供し続けるという姿勢だけはこれからも守っていくつもりですから、それが文化や文学の火種を守るため、僕なりにできることかもしれません。
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