天蓋まで草原、草原まで空 RALLY MONGOLIA 2016 REPORT

アヘッド 天蓋まで草原、草原まで空

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今年で、選手としては6回目になるモンゴルラリーは、 ヤマハのRV『YXZ1000R』のナビゲーターとして出場した。モンゴルラリーではこれまでずっとジムニーで参戦してきたので、箱車でないクルマは初めての経験。

text:若林葉子 photo:大橋 愛 [aheadアーカイブス vol.136 2014年3月号]

まず窓がない。「エアコンないよね? 雨、入るよね?」と真っ先に心配したのはその2つ。YouTubeなどを見てみると、大抵、みんな窓のないままオフロード用ヘルメットにゴーグルを付けて、モトクロスっぽい格好をして走っている。でも、長い日には1日10時間以上走る耐久レース。風に当たればそれだけ疲労するし、雨の中でも走り続けなければいけないことを考慮して、別売りのキットでフロントウィンドウだけは装着した。ドライバーの菅原義正氏は、ジムニーのワイパーを流用して、ドライバー側にはワイパーとウィンドウウォッシャーも付けた。あとはレギュレーションにしたがって航続距離280㎞を満たすための予備タンクの装着。またもともとは前後輪のタイヤサイズが違っていたが、パンクの際にどちらのタイヤにも対応できるように、フロントタイヤにサイズを統一した。

ロールケージを入れたり、足回りを強化したりという、通常必要な大きな改造をしなくても、ほぼノーマルのままで出場できるというのは大きなメリットで(なぜなら改造には大きな労力と費用が掛かるから)、ラリー中にも「このマシンいいね」という声がよく聞かれた。

私は国内のオフロードコースでテスト走行した際に走らせただけだが、モンゴルで実際に乗ってみて一番驚いたのはその足! こんなに乗り心地のいいクルマに乗ったのは初めてだ。ラリーレイドでは「足がよく動く」という言葉を使うけれど、その意味を体感した。舗装路に設置されたかまぼこ型のバンプなど、感覚としてはほとんどないに等しい。オフロードでの凸凹も同様で、ジムニーなら、そのまま突っ込んだら確実にクルマがダメージを追うだろうというようなシーンでも、結構な速度でやり過ごせてしまうのだ。モンゴルではつきものの、乗員が悲鳴を上げるような突き上げも全くなかった。凸凹の続く悪路やロックセクションでは特にこのマシンの優位性を実感した。

一方でこのマシンは「回して乗る」タイプなので、低速域でのトルクがやや足りない印象は否めない。例えばジムニーには副変速機が付いていて、通常のローギアよりさらに低いギアを補なってくれる。川渡りやきつい傾斜、砂丘などでは副変速機が大活躍する。YXZ1000Rはもともと高回転寄りであるうえに副変速機もないので、今回のラリーでいうと、川渡りは毎回ひやひやした。ジムニーだと「そーっと入って、入ったらアクセルを強めにあけていく」のだが、このマシンは「そーっと入る」と嵌まる。最初に渡った川は深くて流れが強かったこともあり、まんまと嵌まってしまった。YXZ1000Rは「助走を付けて入り、一気に抜けるのが良い」と、ドライバーはすぐにコツを掴み、その後はうまく行った。ただ川を渡るたび、両サイドから水ががっぽり入ってくるから、以降はずっとカッパを着ていた。

防水対策をしていなかったシガーソケットはラリー中盤まで来たところで使えなくなってしまった。バイクの人たちに聞いてみると、水が入らないようにあらかじめシール剤で塞いでいるとのこと。防水対策はやっぱり必要だった。

ちなみにYXZ1000Rはシーケンシャルシフトでローギア→ニュートラル→2速→3速……と並んでいて、例えば3速からいきなりニュートラルに入れることはできない。ちゃんと順番にひとつずつ落としていかないといけない。まんまバイクだ。

バイクに近いという意味では覚悟はしていたけれど、日々、砂埃との闘い。毎日、顔はほとんど泥パックしたように真っ黒。自分の顔は見えないから、ドライバーと顔を見合わせて「汚いですよ」「あなたもね」と大笑い。ビバークに戻っても顔を洗う前にやりたいことは山ほどあって、用事があって訪ねた大会本部のゲルでは、「あのぅ…」と話を始めようとしたら、主催者の方から「若林さん、まずは顔を拭きましょうか」と、ウェットティッシュを渡された。また別のある日はツーリングキャンプの食堂へ入っていったら、私の顔を見たモンゴル人の女の子がいきなり「やだぁあなた顔真っ黒よ」(多分、そう言っていたと思う)と、腕を掴まれて鏡の前に連れて行かれた。

顔は黒くなるだけだからいいけれど、喉がやられるのにはまいった。スタート前の荷物の仕分けで、日本から持ってきたネックウォーマーをホテルに置いてきてしまったのが最大の失敗だったのだが、バイクで参加している友人が見かねて、2つあるうちの1つを貸してくれた。最終日にゴールするまでずっとネックウォーマーをマスク代わりにして凌いだ。
 
暑さにも辟易したが、寒さや風もなかなかのもの。風が強いと体ごとドライバー側に持って行かれるほどで、ルートブックを見るのもやっと。暑さに寒さに水に風に…。バイクの人たちの大変さが少しだけ分かった気がする。
 
そんなこんなの8日間だったが、終わってみたら、なんとオート部門3位。表彰台だ。モンゴルの強豪がひしめいていたのに、出場11台中、完走したのは5台。いつの間にみんないなくなったのか。


 
毎回思うことだが、ラリーレイドという競技はいかにフラットでいられるか、だ。競技中はもちろん、全力で、気合でいかなければいけないときもある。それでも長い競技期間中の大半を、何があっても動じず、いかにフラットでいられるかが大事だ、と思う。
 
砂まみれになった顔。それだって耐えられないと思う人はいるだろう。私だって、日本にいたら、ちょっと顔に何かついただけで恥ずかしくていられない。でもそれより、ゴールしてから寝るまでの時間をいかに効率良くするかを優先する。
 
今回、5日目のビバークになった町が前日の豪雨で排水機能がパンクしてしまったらしく、ホテルの水が出なかった。水洗トイレなのに水が出ない。部屋は3人の女性で共有している。これがツーリングキャンプなら「その辺でする」手があるから特に問題はなかったのだが、さすがに町中ではそれもできない。結局、夜はすぐそばの工事現場の瓦礫で済ませて、翌朝は近くのガソリンスタンドの昔ながらのトイレ小屋を使わせてもらった。でも、不思議なことに、参加者はあまり騒いだりしない。こういうことも、なんとなく織り込み済みなのだろう。

また、日本からの参加者はかなりの割合で毎年お約束のようにお腹をこわす。私もそうだ。生野菜を食べない、ミネラルウォーターで歯磨きすると決めていてもダメだ。普段食べなれない食事が原因なのか、砂や埃が原因なのかよく分からない。でも、もうあまり考えないで早めに薬を飲むことにしている。
 
体が濡れて気持ち悪い、GPSが通常作動してくれない、ツーリングキャンプのベッドが壊れて傾いている、部屋の電気が付かない……。競技中、そういうことは本当にいろいろ起きる。ただそのことに煩わされると全てに影響してしまう。
 
身体が濡れようが、クルマがパンクしようが、ビバークで水が出なかろうが、無事にゴールできたことのうれしさをかみしめて、夕焼けや、星のまたたく空を見上げる。今ある環境の中で明日に備える。ただそれだけの8日間。
 
まれにWiFiの通じる場所もあるけれど、ラリーで立ち寄るモンゴルのビバークはまだまだテレビもなくて電波も届かないところがほとんど。自ずと、日本にある日常や仕事からは切り離されることになる。携帯やネットも通じない環境。日本にいれば不便としか感じられないことが、逆にとても贅沢に感じられる。モンゴルもそう遠くないいつか、どこへ行っても携帯もWiFiも通じる、そんな日が来るかもしれないけれど。



「天蓋まで草原。草原まで空。膨大な円盤が中心なく、ゆっくりと回っている。だから道がない。馬が走り出せば道なのだ(※)」

モンゴルの自然は本当にそんな風だ。どこまでも広く、美しい。
そんなモンゴルの大地を今年もまた走ることができた。そのことにかけがえのない幸せを感じている。

※『懐情の原型 ナラン(日本)への置き手紙』
 ボヤンヒシング著・英治出版

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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。
ビバークに着くと、川渡りなどで濡れたウェアをゲルの上に広げて乾かす。日が落ちるとゲルの中に吊るして、ストーブを焚くと朝には乾く。夏のモンゴルは19時はまだ明るく、21時を過ぎてようやく暗くなり始める。穏やかな夕暮れ時のひととき。
川が深くて身動きできなくなったジムニーを引っ張り出しているところ。この少し前、私たちも同じ場所ではまってしまった。でも実は、少し下流側に浅瀬があったのだが、気づくのが少し遅かった…。もちろんお尻までびしょびしょになったのだった。
万が一に備えて、足首を保護できることと、オフロードで歩いたりすることを想定して選んだのがガエルネのライディングシューズ、「フーガ」。はき心地も見た目もめちゃくちゃ気に入りました。 www.japex.net/gaerne/fuga.html
接、体が外気に晒されるため、寒さ対策としてモバイルワーミングというブランドのインナーウェアを着てみた。ウェアの前後にヒートパネルが装着されていて、4段階の温度調節が可能。朝晩の寒い時間帯だけスイッチオンにして、通常のインナーとして使えるのがGOOD!
 www.japex.net/mobilewarming/
レース直前までゴーグルをすべきかどうか悩んだが、視界の広さを優先してこのアライの「ツアークロスⅢ」に。砂埃がひどいので、後半はずっとシールドを下ろして、シールドをタオルで拭きながら走った。長い日は10時間以上かぶりっぱなだったが、ロングツーリング用に開発されただけあって疲れを感じなかった。
www.arai.co.jp
昨年に引き続き、ジムニーで参戦したモンゴル人兄弟。ほぼノーマルなのに、その運転の上手いこと、速いこと。そして、ダメージを受けたクルマを毎晩、「そこまでバラすの?」とびっくりするほどの腕前で修理してしまう。礼儀正しく、心優しい2人はみんなの人気者だ。
走行中、ナビはドライバーに進路を指示せねばならず、通信機器は必須。今回はワイヤレス式のインカム「B+COM」を使用した。性能の良さもさることながら、満充電で12時間以上しっかりバッテリーがもつ。すごい! www.bolt.co.jp/bike-intercom/bcom_bluetooth-intercom_top.asp
バイクのエントラントよりも真っ黒な顔の私たち。しかし、自分で言うのもなんだが、楽しそうな顔をしている。ただ走るのみ、というシンプルさ。まるで子どもの夏休みのようだ、と思う。
あまり順位を気にしてはいなかったが、気がついたらオート部門3位。表彰台をゲットした。ラリーレイドで結果を出すというのはつまりは「粘り勝ち」なのだなぁと改めて実感した。たんたんと、クルマを壊さず、諦めず、なのである。
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