夜迷い言 2013夏

アヘッド 夜迷い言

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30代で、結婚し、いったん仕事を辞め、クルマも手放した元ahead編集部の村上、40代に入っても、独身で仕事を続ける若林。今はまったく違う人生を送る二人が、これまでを振り返り、クルマのこと、仕事のことを語り合った。

まとめ・村上智子 写真・渕本智信 [aheadアーカイブス vol.129 2013年8月号]
Chapter
理想と現実を受け入れる
自分にとっての、解消方法を見つける
クルマが育ててくれる

理想と現実を受け入れる

若林 久しぶりの横浜はどう?

村上 やっぱりいいですね。編集部時代にはしょっちゅうロケに来ていましたから。あれから2年と少しですが、ずいぶん変わりましたね。

若林 横浜美術館の隣りは、あの頃ずっと工事していた記憶があるけど、すっかり新しい商業施設に生まれ変わって、今、もっとも人の集まるスポットになった。

村上 街もあっという間に移り変わるんだなぁと改めて思いました。

若林 あなたの生活こそ、この2年で大きく変わったんじゃない?

村上 はい。編集部の仕事を辞めて、東京での生活を引き払い、結婚して、大阪で暮らすようになりました。

若林 辞めるまでは「仕事をとるか、結婚をとるか」みたいなことを、長いことぐじゅぐじゅ悩んでたよね。

村上 ぐじゅぐじゅ? まぁ…そうですね。「なんで自分ばっかり、こんな大きな決断を迫られるんだろう」って思ってましたね。

若林 ご主人は、大阪で小学校の先生をなさっている。

村上 そうです。だから、彼が東京に出てきて、こちらの学校に勤めるという選択肢だってなかったわけじゃなかった。私にとってはそれが理想だったけど、自分の立場ばかり主張しても前に進めないと感じたんです。だから、最終的に自分が仕事を辞めることを受け入れました。

若林 受け入れた結果、どう?

村上 辞めたことを後悔したこともありますよ。でも結局、何がどうなっても、どこで何をしていても、自分しだいなんだなと思うようになりました。「Aを選択すればBは諦めなきゃ」という極端な思い込みがあったんですが、今はどういうカタチであっても、仕事ができればいいなとそう思っています。まぁ、こうやってまた声を掛けていただいて、ときどきaheadの仕事を手伝ったりもしていますし。

若林 昔と時代は大きく変わったとは言え、それでもやっぱり男性と比べれば、女性の方が人生の変化は大きい。時にあなたのように「なぜ自分だけが…」って思うこともあるけど、一方で、女性の方が変化への適応力がある。「変化できる」というのはラッキーだと考えることもできるよね。

村上 ホントにそうです。ただ…失うものもある。私、「ルーテシア」を手放したんです。

若林 大阪では、最初、市内から遠く離れた郊外の一軒家でクルマを2台持ってたよね。

村上 私のルーテシアと、彼のスバル・ドミンゴアラジンです。でも大阪市内に引っ越すことになり、現実的に考え2台維持するのは無理だと思いました。なのに二人とも互いに譲らずで、ルーテシアは私の実家でいったん預かってもらうことにしたんです。そんな矢先にルーテシアの調子が悪くなって…。別れるときは、ほんとに寂しかった。

若林 初めてのクルマだったもんね。

村上 しばらく落ち込みましたが、今の置かれている状況を受け止めると、割り切らないといけないと思いました。

若林 今はどうしてるの?

村上 便利な場所に引っ越したこともあって、ほとんど運転していません。というか、ドミンゴだと運転する気にならないんです。

若林 どうして?

村上 う〜ん、なんででしょう? 小回りは利くし、見た目も可愛いくて好きなんだけど、できれば助手席に乗りたい。

若林 自分のクルマじゃないから?

村上 どこか気を遣うんですよね。ルーテシアのように自分のペースで乗りこなせない。例えるなら、ルーテシアはバックパッカー気分になれるんですけど、ドミンゴはツアー旅行に乗っかっている感じ。

若林 分かりにくいわね。

村上 …。去年の冬、若林さんが「大阪に用事があってクルマで行くから、その帰りに会おうよ」と電話をくれたこと覚えていますか?

若林 うん、あの日はクリスマス・イブだった。

村上 待ち合わせ場所は、奈良県の薬師寺。若林さんはもちろん、私の家からもそこそこ距離があるのに「2人ともクルマだし、問題ないよね」って場所を決めたじゃないですか。

若林 あのノリは、クルマに乗るようになったからだよね。

村上 ええ。しかもあの日、私は間違えて別の薬師寺に行っちゃって、慌てて待ち合わせ場所に向かったんです。でも、待てど暮らせど若林さんが来ない…

若林 私も、場所を間違えた。

村上 クリスマスに、ガラガラの駐車場で一人ぽつーん。しかも、あれだけ薬師寺を見たがってたのに、ちょっと観ただけでさっさと出ちゃうし。

若林 ほんとうに行ってみたかったのよ。

村上 でも、あの緩さを楽しめている自分がいいな、と思った。ルーテシアじゃなかったら、帰る時間も気になったと思います。「身銭を切らないと身に付かない」と言うじゃないですか? あれって、何も知識や技術のことだけじゃなかったんだな、とようやく気付きました。

若林 今は便利な場所に住み、クルマもあるし、移動に不便はないけれど…。

村上 ええ。贅沢なことを言っているとは分かっているけれど、一方で自分のクルマを失い、気持ちの自由度は減ってしまった気がしています。あの時、何のためらいもなく薬師寺へとクルマを走らせた感覚は、今も忘れることができません。

自分にとっての、解消方法を見つける

若林 今まで編集部に女の人はたくさんいたけど、結局、最もクルマが苦手だったこの二人が残っているのはフシギだよね。普通に運転できる女性や、「私、得意ですよ」と言っていた女性はいなくなって。

村上 私は、運転に苦手意識がありすぎて、一生運転しないと決めていたくらい。クルマをまったく信用できなかったから。

若林 女性ってメカニカルなモノに対して苦手意識のある人が多いがけど、クルマはその代表。私も最初は、クルマという箱の中でちょっと何かすれば意思と関係なく動き出しちゃうんじゃないか、みたいなワケの分からないと不安があった。

村上 そうなんですよ。男性に言わせると「誰でも運転できる」とか「若林のモンゴル・ラリーや村上のバックパッカー旅行のほうが怖い」と言われたりするけど、怖いと感じる対象が違う。自然相手の方がまだ信用できる。

若林 距離の取り方が何となく分かるよね。

村上 そうそう。私たちみたいに、クルマをブラックボックスのように感じる女性もいると思いますよ。

若林 今はどうなの?

村上 編集部にいる間に、オイル交換や車検など、編集長から教えてもらいながら出来ることはやらせてもらったから、ここまでなら大丈夫かな、という自分なりの判断基準はできた気がします。相手が何者かが分かり、ようやく信用できるようになった。

若林 それに、2人とも最初に乗ったクルマがルーテシアだったことも大きいんじゃない? 新型はすっかりかっこ良くなったけど、あのクルマの緩さと、加速やフィーリングの素直さが、クルマって怖くないよ、楽しいよと感じさせてくれた。

村上 結局、理解できないと安心できないんですよね。私は、クルマの手入れは自分でやるものと教わってから、編集部を離れた後も、あれこれ調べるようになりました。もちろん分からないこと、できないことはお任せするけど、自分でやるほうが得るものが多い。

若林 クルマを手に入れてから、本当に変わったよね。

村上 当時は分からなかったけど、今はそう思います。例えば、他のこともなるべく自分でやりたいと思うようになったし、とっさのときに物事に対してためらうことも減った。できないことで悩むより、どうすればできるのかという方法を考えるようになりました。

若林 私の恩師の言葉なんだけど、日常生活は 〝解決〟じゃなく自分にとってどう〝解消〟するかだ、と。自分の方が変わることによって、問題だと思っていたことがそうじゃなくなる。その解消の仕方を学んだんじゃないかな。

クルマが育ててくれる

村上 若林さんは、特に40代になって、おおらかになりましたよね。

若林 そう?

村上 前から、ギリギリの状況でも慌てない人だなぁとは思っていたんですけど、その裏で、無理をしてでもなんとかするという気迫もあった。今は「なんとかする」から「なんとかなるよ」と肩の力を抜いてる気がする。メディア対抗4時間耐久レースだって、「出ることになっちゃったのよ〜」とあっけらかんと笑ってて。まさかサーキットを走るとは、私の方がビックリしたくらい。

若林 そんなことないのよ。ほんとうは頭から離れないし、毎日考えてはドキドキしている。

村上 いやいや、またぁ。

若林 昔から、「ワカちゃんなら、大丈夫でしょ」と思われてしまうところがあって、大丈夫じゃないことは、自分が一番よく分かってる。でも、期待に応えなきゃいけないという思いと、あとは〝意地〟。

村上 確かに、大丈夫なんだろうと思わせるものがありますよね。でも、昨日の夜、寝ているときにうなされてましたよ。ウーン、ウーンて。

若林 でしょ。

村上 ああ、やっぱりプレッシャーを感じているのかなと思いました。

若林 そうなのよ。

村上 でも、私なら追い込まれない限り、最初から「ムリ!」と拒絶してしまうと思うんですが、若林さんは違いましたよね?

若林 やっぱり、ラリーを始めたことが大きいと思う。例えば、砂丘を超えたときの感じとか、ヤバい状況を乗り越えたときの感じ。ほかの局面でもあの時の感覚を掴めれば何とかなるんじゃないかというのがある。仕事で追い込まれても、この年になると、「大変だけど乗り越えられなかった仕事はない。最後は何とかなった」というのも支えになってる。それは誰もが持っているものだと思う。

村上 自分なりに培ったものが生きてくるんですね。よく女性誌で「30代になったら楽になる」って書いてありますが、今ようやくその意味が分かるようになりました。自分と闘う厳しい時代をスルーしてたら、その意味を実感できなかったかも。

若林 仕事だったり、家庭だったり、子育てだったり、人によって違うと思うけれど、クルマも自分の性格と向き合い学ばせてくれるものの一つだと思う。

村上 苦手なモノにちゃんと向き合うと、自分が生きていく中で必要な筋肉みたいなものがつく気がします。昔は、分かりやすいボディビルダーみたいな筋肉を求めてたけど、生きて行く中で身に付く筋肉の方がよっぽど役立ちますよね。私たちの場合、その筋肉を鍛えてくれたのは、もっとも苦手だった「クルマ」という存在。

若林 クルマがいつの間にか私を逞しくして…。クルマって不思議。
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