昭和のクルマは、ここが良かった

昭和のクルマ史

旧車

日本は1950年代半ばから、高度経済成長期に突入しました。そして、1955年(昭和30年)に、日本政府が「国民車構想」を発表したことをきっかけに、モータリゼーションの波が急激に押し寄せることになります。

1962年(昭和37年)には鈴鹿サーキットが完成し、翌年、第1回日本グランプリが開催されると、クルマは高性能化が競われるようになり、スカイライン伝説や、トヨタスポーツ800とホンダS600の対決などが注目を集めるようになりました。

そして1960年代後半には、トヨタ 2000GT、日産 フェアレディZ、マツダ コスモスポーツといった国産スポーツカーが、次々と誕生。70年代は、輸出も盛んになります。そうして1980年(昭和55年)には、日本の自動車生産台数が、世界一になります。

その後の1986年(昭和61年)ごろから始まった、バブル期に誕生したクルマは、世界における日本車の名声を確固たるものにしました。

そんな好調だった昭和の自動車史を締めくくるかのように、平成元年にはトヨタ セルシオ、日産 スカイラインGT-R、ユーノス ロードスター、ホンダ NSXといった名車が誕生したのです。

昭和のクルマはボンネットが低く、デザインがかっこいい

日産 フェアレディZ (Z32) (1989-1998)

ボンネットが低く長いデザインのスポーツカーは、いまでも「かっこいいクルマ」の代名詞といえるでしょう。

最近のクルマはボンネット部分が分厚く、ぼってりした印象があります。これは、平成17年に施行された保安基準に基づいた設計が求められるためであり、自動車と歩行者の衝突事故の際、人がボンネットに跳ね上げられた場合の衝撃を和らげるため、エンジンとボンネットの間にクラッシャブルゾーン(空間)を設ける必要があるのです。

この法律が施行される前の昭和時代には、この基準はありませんでしたから、メーカーは、ボンネットの低いデザインのクルマを作ることができたのです。

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