おしゃべりなクルマたち Vol.53 去るもの、来るもの

Vol.53 去るもの、来るもの

アヘッド イラスト武政 諒

アジアのグランプリは家でテレビ鑑賞するから、それならと一度、一緒に見たが、「雨なのね」と言っただけで怒鳴られた。「黙れ!」。大人になってから家族以外の男にこう言われたのは初めてですっかり懲りた。この日以来、夫婦に会うのはF1のシーズンが終わってから、これが決まり事になっている。

今年、彼らがやって来たのはアロンソが優勝を逃した直後、たいへん面白い1年だったとまだ興奮さめやらない様子で、話も自然とF1になる。まあ、これはどんなシーズンでも、ではあるけれど。可夢偉の活躍を褒められて嬉しかったが、横で夫人が「寿司屋の息子はなんたって名前がいいわよね、偉大な夢を可能にするって泣ける」、こう言ったのには笑ってしまった。

私が彼女と知り合ったのはセナが活躍していた頃のこと。当時、彼女はモータースポーツはもちろん、クルマにすらまったく興味なかったが、この20年の間に通になった。といってもドライバーの腕、マシンの出来、チームの戦略に精通するご主人に対して、夫人の強みはドライバー情報だ。

ここに彼女はドラマを見る。寿司屋の件もアロンソの離婚に至る経緯もハミルトンとニコールがよりを戻した話も彼女にとっては基礎中の基礎の様子だが、私はこういう彼女を見るたび、興味のない世界に自分の興味を見出したことに感心する。オンナって柔軟。彼女の話を聞くたび、技術とか戦略とかそういうハードだけでは割り切れないものがある、それがF1の面白さだと教えられるのである。

「ベッテルはアタシたちの息子といってもおかしくない年齢だわね、息子が優勝するんだから年とったもんよ」。夫人がこう言い、ふたりで苦笑する。私がF1を見始めたのはプロストとかセナとかマンセル、ピケが活躍していた時代のことで、シューマッハが登場した時には彼の新人類ぶりにたいそう驚いたものだった。

その彼が紆余曲折の果て、いよいよ引退する。これぞ実のところ彼女と私の今期最大のトピックスだったのだが、着実に世代交代の進む世界、夫人はF1をこう表した。

「シューマッハがいなくなってもアロンソが現れてアロンソが三十路を過ぎるとベッテルが現れて、そのうちベッテルがおじさんって呼ばれるのよね。これぞ人類継続の証」。

老いても居座る政治家や上司だらけの俗界と違って、スポーツの世界はシビアだ。肉体が衰えれば去らざるを得ない。それでも去るものがあれば来るものもあるのだ。着実に世代交代が進み、人類は無事に継承されていく。新しい年を迎えるにふさわしい話ではないかと私はすっかり嬉しくなってしまった。

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text:松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

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