埋もれちゃいけない名車たち vol.42 空飛ぶ円盤と呼ばれたクルマ「アルファ ロメオ・ディスコヴォランテ」

vol.42 空飛ぶ円盤と 呼ばれたクルマ「アルファ ロメオ・ディスコヴォランテ」

アヘッド アルファ ロメオ・ディスコヴォランテ

クルマの世界にも、勇気をもってしたひとつの選択がその後の流れや結末を決めたという話は無数にある。

そして、こんな例もある。

第2次世界大戦が終わり、敗戦国としての復興の中で開発を進めてデビューさせたモデルが軌道に乗りはじめたアルファ・ロメオは、戦前のようにモータースポーツで戦えるモデルや高性能スポーツカーを復活させることを考えていた。

そして軌道に乗り始めた〝1900〟というシリーズのメカニカルコンポーネンツを利用した、スポーツカーレースのためのマシンを作り上げた。1952年にお披露目された、〝C52‌〟というオープンスポーツカーである。

C52は、むしろ〝ディスコヴォランテ〟というニックネームで知られており、アルファのヒストリーを記した書籍でも〝C52‌〟という正式名称が省かれていることすらある。なぜならそのスタイリングが、ディスコヴォランテ(=空飛ぶ円盤)そのもののような形状だったからだ。

ディスコヴォランテは、最初からそうした突飛なカタチを狙ったものではなかった。エアロダイナミクスの効率を徹底的に突き詰めるという選択をし、懸命に開発を続けた結果の造形だったのだ。

単なる流線型から大きく逸脱し、前後のフェンダーを繋げるラインを横に大きく摘まむように広げることで、空気抵抗の低減と整流効果を狙ったのである。結果、ディスコヴォランテは、当時の2リッターとしては優秀な220㎞/hの最高速をマークした。

が、異様に張り出したフェンダーがレースを戦うには不向きと判断され、実践には投入されなかった。翌年にその特徴的なフェンダーを削ぎ落としたモデルが幾つかのレースに出場したが、結果は残せなかった。円盤ではないC52は、空力的には見るべきものがなかったのだろう。

つまりディスコヴォランテは、完全なる失敗作だったのだ。

にも関わらず、今やアルファの歴史の中では重要なモデルとして位置づけられている。スタイリングデザインの白眉としてリスペクトされ、創業100年を記念したモニュメントのモチーフにもなった。突飛な姿になっても空力を突き詰めるという勇気ある決断があったからこそ、である。元々望んでいたのとは異なるが、これはこれで素晴らしい結末だ。

人生だって何が幸いするか判らない。勇気を出して決断し、やることさえやれば、何かしらいい方向に向かっていくものだ。僕はそう思う。

アルファ ロメオ・ディスコヴォランテ

アヘッド アルファ ロメオ・ディスコヴォランテ

C52は、アルファ・ロメオの戦後初の市販モデルである1900シリーズのパーツを使って開発されたレーシングカー。エンジンを1,884ccの80馬力から1,997ccの158馬力へとチューンアップするなど、相当に力を入れて作られたが、最大の特徴は“ディスコヴォランテ”とニックネームされるほど空飛ぶ円盤をイメージさせた、空力的なスタイリング。

生産台数は3台で、1台はオープンボディ、1台は固定式ルーフが与えられ、もう1台は特徴的なフェンダーが削ぎ落とされたが、2台の円盤形はデザインとしての評価が高く、アルファの歴史的な名車と呼ばれている。

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text:嶋田智之/Tomoyuki Shimada
1964年生まれ。エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集長を長年にわたって務め、総編集長として『ROSSO』のフルリニューアルを果たした後、独立。現在は自動車ライター&エディターとして活躍。

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