目指せ!カントリージェントルマン VOL.10 僕のヒーロー、ビッグ・ジェリー

アヘッド ビッグ・ジェリー

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その昔出ていたレースはヒストリックカーが中心だったし、サーキット試乗も古モノが多かった。だからボクのレーシングスーツはクラシックタイプだった。

text/photo:吉田拓生 [aheadアーカイブス vol.186 2018年5月号]
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VOL.10 僕のヒーロー、ビッグ・ジェリー

VOL.10 僕のヒーロー、ビッグ・ジェリー

クラシックのスーツの肩に必ずDUNLOPのロゴが入っているのは、'50年代にダンロップがレーサーたちにペールブルーや白のツナギを配ったことに因んでいるので、難燃素材で作られた現代のクラシックスーツでも、ロゴはお約束である。だがボクのスーツの胸には、DUNLOP以外に、イギリスでレースに出場した時、偶然居合わせたビッグ・ジェリーのサインが入っている。ところがこのサインが、けっこう面倒くさいのだ。

近頃レーシングスーツを着る時は、現代の高性能車に試乗する場合がほとんどで、その度に「これ誰のサイン?」と質問される。日本人でビッグ・ジェリーを知っている人がいたら相当なマニアだと思う。けれどイギリス人のクルマ好きで彼のことを知らない人がいたら逆に驚きだ。

ビッグ・ジェリーことジェリー・ロイストン・マーシャルについてのボクの説明はいつも同じ。「イギリスの伝説的なローカル・レーシングドライバー。星野一義は133勝だけど、ビッグ・ジェリーは600勝」 この説明でビッグ・ジェリーのサワリくらいは分かってもらえるだろうし、それ以上の話をイッパンの人にするのは面倒くさいのである。
'60年代にミニで初勝利を挙げた体重100kg越えの巨漢、ビッグ・ジェリーは'70年代にはヴォクスホールのワークスドライバーとして一世を風靡している。一般的なドライバーと彼の違いは、モダンカーとヒストリックカー、アマとプロの分け隔てがなく、一貫して派手なテールスライドと勝利に拘ったことだ。

実際、彼の生前には、イギリスのサーキットに行けば必ず最終コーナーを90度くらいのドリフトアングル(大袈裟ではなく!)で駆け抜けてくる彼のマシーンがいて、表彰台でシャンパンのボトルを振ることなく、おいしそうに飲み干す彼がいた。

ある時撮影で平日のマロリーパーク・サーキットをワークスカーのルマン・スプライトで走った時も、老齢でクルマ椅子に乗せられたジェリーがいた。数人のメカニックに抱きかかえられながら初代マスタングのバケットシートに収められた彼はしかし、リアタイヤから濛々と煙を巻き上げてスタートしていったのである。

その後、ボクがドライブしていたスプライトを、ジェリーのマスタングがコーナーの大外から豪快に抜いていった時は、全身に鳥肌が立ったのを覚えている。
そんなビッグ・ジェリーは2005年のシルバーストンにおけるレース中、当時は最終コーナーだったラフィールド付近で大きくテールスライドしている最中に心臓発作で亡くなっている。彼の死は悲しいけれど、実にレジェンドらしい最期だったし、ボクのレーシングスーツの胸のサインもあの時を境により一層重みを増した……みたいな説明を、イッパンの人にするのは面倒くさいのである。

洗濯する度に微かに薄れていく今は亡きジェリーのサイン。そこで僕は久方ぶりにレーシングスーツを新調することにした。現代のデザインだけれど、紺色なのでまあ古いクルマでも似合わなくもなさそうな一着。これでジェリーのサインが薄れることもなくなるわけだ。

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text:吉田拓生/Takuo Yoshida
1972年生まれのモータリングライター。自動車専門誌に12年在籍した後、2005年にフリーライターとして独立。新旧あらゆるスポーツカーのドライビングインプレッションを得意としている。東京から一時間ほどの海に近い森の中に住み、畑を耕し薪で暖をとるカントリーライフの実践者でもある。
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