確かに、基本設計は古い。しかし、スウェーデンが誇る、今は亡きサーブ・クラシック900 (1992年式) は雰囲気と個性、国ごとのクルマ作りの文化を楽しむべきだと教えてくれる。オーナーズレビュー
更新日:2024.09.09
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メーカーごとの個性や哲学。それは、画一化されていない昔のクルマほど濃いものだ。それを求めていくと、おのずと「先祖返り」してしまう。古いゆえの欠点もあるが、それを楽しみとして乗るのも良いものだ。
文/写真・遠藤イヅル
文/写真・遠藤イヅル
ルノー・シュペール・サンクで受けた衝撃
1990年に免許を取り、初めて乗ったのは「トヨタMR2(初代・AW11)」だったが、父親の影響で元来欧州車好きだったこともあり、1993年に「ルノー・シュペール・サンク」に乗るようになった。
サンクは僕に大きな衝撃を与えた。トラブルが多いクルマだったけれど、日本でいうマーチやスターレットクラスの大衆車なのに、1日700km走っても疲労が著しく少ないことに驚いた。その理由が、素晴らしい乗り心地、何時間座っても腰が痛くならないシート、直進安定性にあるのだろう、と気がついた。それから僕は、新旧フランス車を主に買い続けることになった。
サンクは僕に大きな衝撃を与えた。トラブルが多いクルマだったけれど、日本でいうマーチやスターレットクラスの大衆車なのに、1日700km走っても疲労が著しく少ないことに驚いた。その理由が、素晴らしい乗り心地、何時間座っても腰が痛くならないシート、直進安定性にあるのだろう、と気がついた。それから僕は、新旧フランス車を主に買い続けることになった。
10年ほど前、最初のサーブ900を手に入れたけど、設計の古さが馴染めなかった。
約10年前のある日、懇意にしているショップに、極上の1993年式サーブ・クラシック900 ターボ16が入荷した。当時ですでに、1993年に生産を終えたクラシック900は希少車になりかけており、価格も手ごろだったので、「これは最後のチャンス」と決起し、フランス車を降りることを決意した。
でもそれには、1年しか乗らなかった。高い品質、精緻な作りは大いに気に入ってはいたけれど、当時の僕には、ベースが1967年登場の「サーブ99」という、基本設計が古いクラシック900 のネガティブなポイントが少し気になったのだ。オートマチックは3速しかなく、100km/h時には3200回転を示した。
重いアクセルを開けている時間が長く、高速巡行時はそれまで乗っていたルノーよりはラクではなかった。乗り心地もシートも素晴らしかったが、そこここに感じさせる原設計の古さが目がついてしまったのだった。
フランス車オーナーに再び戻るもサーブ900へまた乗りたくなった
そのあともフランス車ばかり乗り継いだが、クラシック900を降りてから8年後、再びサーブが欲しい気持ちが浮上し、購入することにした。サーブというクルマとメーカーは、相変わらず好きだったのだ。この時買ったサーブは、アメリカのGMがサーブを傘下に収め、同じくGMグループのオペルをベースに開発された「2代目900」の1994年式900 クーペ2.3Sだった。
90年代のクルマゆえ、設計的にはいたってふつうだったが、「手作り」とも評されたサーブの精緻で丁寧なつくりは、僕を大いに満足させた。クラシック900で感じた「サーブらしさ」が新世代にもしっかり残っていたのだ。
そうなると、サーブの個性を再びもっと味わいたくなった。ちょうどそんな折、以前クラシック900を買ったショップに、これまた程度の良い1992年式クラシック900S (末期に追加された低圧ターボモデル)が並んでいた。僕は、あまり迷うことなく、契約書にサインをしていた。そうして、3台目のサーブ、2台目のクラシック900がやって来ることになった。
最初に手にした時とは違う、ネガティブな部分も楽しめるようになった
10年ぶりに手元に来たクラシック900は、独特の外観デザイン、大きく湾曲したフロントガラス、軽航空機を思わせるモダンなデザインのダッシュボード、手袋をしたままでも押せるよう大きく作られたスイッチ類、ズボンの裾が雪で汚れないようサイドシルがドアの中にある独自構造、雪道の運転に適したサスペンション形式、大きく前方にスライドして開くボンネット、縦置きでさらに逆向きで置かれる、緻密なつくりを感じさせるターボエンジン....などなど、唯一無二の個性、航空機メーカーのクルマらしさ、スウェーデンという酷寒の地で開発されたクルマらしさに溢れている。
そのかわり、ネガティブなポイントは10年前に感じた通りだ。オートマチックは例の古い3速だし、燃費も悪い。ボディサイズの割に車内はそんなに広くない。エアコンは効くが、細かな温度調整が苦手だ。やはり、古いクルマなのである。
だけど、あれから10年経ち、今の自分にはその欠点や不便ささえ楽しめるようになった。古いモデルだからこそ、サーブでしか生みえなかったこのクルマの雰囲気と個性、メーカーがクルマに込めた濃密なフィロソフィを味わえるのだから。細かなネガティブさは、このクルマのカタチと個性が全て消してくれるのだ。
エキセントリックな開き方をするボンネットを開けてエンジンを見るたび、ドアを開けてサイドシルが無いのを見るたび、車内に乗り込んでフロントガラスの丸さを見るたび、センターコンソールにあるキーをひねってエンジンをかけるたび、アクセルを踏み込んで「ヒューン」というターボ・サウンドを聞くたび、「ああ、このクルマを買って、本当によかった」と感じ、ニヤついてしまう。
古いクルマに乗ることは、発売当時の時代背景を知ることにもなるし、輸入車に乗ることは、生産国の国情、文化を知ることでもある。クルマはその国の文化そのもの。単なる移動手段ではない。奥が深い工業製品なのだ。クラシック900は、それを強く教えてくれる。
そして、乗りながらいつも誓うことがある。「今度こそ、クラシック900と、サーブの真髄を味わい尽くそう」。その味わいを感じさせる嬉しい蜜月を、これからも楽しんでいこうと思う。
最後に。高速道路をのんびり走れば、3速オートマチックに何の問題もなく、長距離を走っても疲れにくい。1990年代まで作っていたクルマのため、現代の日常生活において、何も困ることはない。問題なく快適に使用出来るクルマであることは、クラシック900の名誉のためにも追記しておきたい。
遠藤 イヅル | IZURU ENDO
1971年生まれ。東京都在住。小さい頃からカーデザイナーに憧れ、文系大学を卒業するもカーデザイン専門学校に再入学。自動車メーカー系レース部門の会社でカーデザイナー&モデラーとして勤務。その後数社でデザイナーやディレクターとして働き、独立してイラストレーター/ライターとなった。現在自動車雑誌、WEBで多数連載を持つ。イラストは基本的にアナログで、デザイナー時代に愛用したコピックマーカーを用いる。自動車全般に知識を持ち、中でも大衆車、実用車、商用車を好む。これまで所有した19台のうちフランス車は13台。現在の愛車はプジョー309とサーブ900。