8月6日はハチロクの日!一世を風靡したAE86とはどんなクルマ?

一世を風靡したスプリンタートレノ AE86とは?

8月6日は、語呂合わせでハチロクの日。

ハチロクといえばトヨタ AE86型 スプリンタートレノ&カローラレビンの姿を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。

今回は、一世を風靡し大流行したAE86型 スプリンタートレノ&カローラレビンがどのようなクルマだったのか、詳しくご紹介します。

吉田 恒道|よしだ つねみち

1980年代、大学卒業後ファッション・モード専門誌「WWD Japan」編集部勤務を皮切りに編集者としてのキャリアを積む。その後、90年〜2000年代、中堅出版社ダイヤモンド社の自動車専門誌・副編集長に就く。以降、男性ライフスタイル誌「Straight’」(扶桑社)など複数の男性誌編集長を歴任し独立、フリーランスのエディターに、現職。著書に「シングルモルトの愉しみ方」(学習研究社)がある。

吉田 恒道
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FRレイアウトのライトウェイトスポーツ
AE86型スプリンタートレノが伝説的なモデルとなったワケは?
現代に蘇った「ハチロク」

FRレイアウトのライトウェイトスポーツ

AE86型スプリンタートレノ&カローラレビン、通称“ハチロク”は、1972年からトヨタが製造・販売を手がけていたカローラビン&スプリンタートレノの4代目にあたります。

デビューした1983年当時は、小型車では多くのモデルが居住性を重視して駆動方式を前輪駆動に転換していた時代であり、その中でAE86がFR(後輪駆動)を採用したことは大きな特徴といえるでしょう。

1987年にレビン&トレノが次世代のAE92型にモデルチェンジした際に駆動方式が前輪駆動に変更されたことで、希少な国産ライトウェイトFRとしてAE86の希少性が再認識され、新車登場時以上に注目されるようになったという経緯があります。

ボディータイプは、3ドアハッチバッククーペと2ドアノッチバッククーペを展開。また、トレノではリトラクタブルヘッドライトが採用されています。

搭載するパワーユニットは、新規開発の4A-GEUと呼ばれる1.6Lの水冷直列4気筒のDOHCエンジン

このエンジンは軽さもウリであり、先代が搭載していた2T-GEU型エンジンよりもおよそ20キロの軽量化に成功しています。

吸気側にはT-VIS、電子制御燃料噴射装置EFI-Dを搭載することで、パフォーマンスも大幅にアップしているのも魅力のひとつといえるでしょう。

AE86型スプリンタートレノが伝説的なモデルとなったワケは?

AE86型スプリンタートレノは今でこそ人気のクルマですが、デビュー当初はスポーツモデルとしては旧態依然とした構造が多く、同時期に発売されていたスポーツカーを比較すると見劣りする部分もあったようです。

しかし搭載していた4A-GEU型エンジンはレスポンスの良さが切れ味鋭く、高回転域まで回せるユニットとして知られており、チューニング志向の強い層の支持を受けるように。

さらに、基本的なサスペンション構造が先代のTE71型と同様だったことでサスペンションの改造が容易であったこともスポーツ志向のユーザーから支持される理由となりました。発売から1週間後にはジムカーナ仕様車やラリー仕様車が完成していたほどと言われています。

さらに、ある2つの理由によってAE86は名車の枠を飛び越え、伝説的なモデルへと昇華していくことになります。


その1つ目の理由は、モータースポーツの歴史を語るうえで絶対に外せない存在となっているドリフトキングこと土屋圭一氏と深い縁があること。

1984年に開催された富士フレッシュレースにてアドバンカラーのAE86レビンを駆り、ハチロククラスで開幕から怒涛の6連勝を果たした土屋氏自身のネームバリューと共に、世間にハチロクの印象を強烈に植えつけました。

現在でもAE86型のトレノ/レビン両方を所有している土屋氏。購入価格の10倍もの資金をつぎ込んで、手が入っていないところがないほどのチューニングを施しています。

そして2つ目の理由は、週刊ヤングマガジンにて1995年より連載が始まった漫画作品『頭文字(イニシャル)D』の影響です。

しげの秀一氏によって描かれたこの作品は、峠を舞台に走り屋最速を目指す若者たちの群像劇。

その物語の中核を担う、主人公・藤原拓海の愛車がAE86型スプリンタートレノだったのです。

モデルの販売開始から10年以上経った後で連載が開始した作品でしたが、その影響力は絶大で、中古車市場価格を高騰させるほどに加熱したのです。

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