Rolling 40's Vol.78 非日常

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オフロードバイクに復帰して1年以上経つが、オフロードを通して新たに広がった交友関係というものがある。やはりバイクは不思議だとあらためて感じた。

text:大鶴義丹 [aheadアーカイブス vol.148 2015年3月号]
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Vol.78 非日常

Vol.78 非日常

通常のオンロードバイクに関してはもう13年くらい雑誌コラムを書かせてもらっている縁などもあり、業界関係者や、そこから広がった仕事仲間やリアルな友達などと、書ききれないくらいの良縁に恵まれた。

単なるバイク遊びの御縁から、人生レベルの付き合いをしている仲間もいるし、またその深い関係と信頼があったからこそ、映像化不可能と言われていた「キリン」を映画化できたのだと思う。

そんな中で新たに「復帰」したオフロードバイク。行きつくところまで行かないと納得しない私の性格上、やはりそれなりの領域まで踏み込んでしまっている。

最初は国産の、公道をターゲットにしていたマシンで楽しんでいたが、感覚が戻りレベルが上がってくるや、勢いでプロが乗るレベルの外車マシンを買い足してしまった。

この時点で、それまでオフロードを一緒に楽しく走っていた古い付き合いの「親友」たちが静かに私から離れていった。もちろんバイク以外ではしょっちゅう酒も飲むし、仲違いをした訳ではない。ただ一緒にオフロードをやることが少なくなったというだけだ。

このような現象はサーフィンやスノボなど個人競技の「滑り系」スポーツには良くあることだろう。野球やサッカーなどの集団球技系は、遊びの領域なら、ある程度の意識の差があってもカバーしきれる。しかし個人競技の「滑り系」はそうはいかない。

理由は簡単だ。集団でゲームを進める球技と違い、「滑り系」は個人が見ている光景の意味が全てであり、その光景と一致していないものは、プレイしている自分にとって意味がない。

スノボで例えると、本気でやっている連中は彼女や素人とゲレンデにはいかない。行くときは、そういう日だと割り切り、短い時間だけ独りになり本気で滑ってくる。

ではオンロードバイクはどうかと言うと、そこがオフロードバイクの遊びと違うところで、レースでもしない限り、マシンの能力が大きくカバーしてくれる。

だがオフロードだと、マシンの能力は、スノボの板と一緒で、それをある程度まで乗りこなせた上の、更なるアドバンテージでしかない。

極端な話、幾ら金があっても乗れない奴は乗ることも出来ない。そこが同じバイクでもオンロードバイクとオフロードバイクの遊びの大きな違いだ。

私が今やっているオフロードの速度域が相対的に見てどのあたりなのかは分からない。オフロードレースに参戦したり本格ラリーをしたりするつもりもないので、自分がどれくらいの技量を持っているかもあまり興味はない。ただ、自分の歳と能力とお財布の中身で出来ることは、可能な限り全部やってみようと思っているだけだ。

そんな領域で遊んでいると、やはり似たような速度域で走っている輩と付き合いが出来てくる。大抵はオフロードバイク専門のショップの練習会などで知り合い、同年代や仕事の関係が近かったりするなどで仲良くなっていくのだが、基本はそれぞれが見たい速度域が近いということだ。そういう仲間とは話が早い。余計な説明が要らないのが楽で仕方がない。見たい光景を共有できるのだ。

反対に自分が見たい速度域の遥か彼方にいる方も知っているが、やはりそういう方と一緒に走ることはないし、求めてもいない。それは同じように速度域を共有できないからだろう。

私の中ではオンロードバイクというのはあまりにも体の中に染み込み過ぎてしまい、ある意味普通の生活になってしまった。

同時にオンロードバイクの進化が怖くなってきたという部分もある。それは進化し過ぎたエンジンが当たり前のように連れて行ってくれる速度域があまりに高過ぎるからだ。私が求めているのはそんな数値ではないと、50歳を手前にハッキリと意識し始めた。

しかしこの先もすべてのバイクに足腰が立たなくなるまで普通に乗っているし、普通に改造しているだろう。そういう意味では「日常」になるまで乗り続けたという証拠だ。

そこにやってきたオフロードバイクというマニアな世界。これが今の自分にとって「非日常」なのだと思う。

最近私は、オフロードバイクの魅力を「時速30キロ以内に詰まっている果てしない恐怖」と表現する。

説明を加えると、整地されたアスファルトでは何の意味も持たない時速30キロという数値。坂道ならベビーカーでも走れそうだ。しかしそれが大自然の中に入ると全てが変わる。ときには時速10キロでも怖い道があるくらいだ。

今私は、そのわずか時速30キロを征するのが楽しくて仕方がない。その中に詰まっている、見果てぬ恐怖に打ち勝つ技術を構築するのが楽しくて仕方がない。

疑問なのだが、最高速好きが時速30キロに恐怖する姿を私は何度も見ているが、ゼロが一つ足りないからだろうか。

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text:大鶴義丹/Gitan Ohtsuru
1968年生まれ。俳優・監督・作家。知る人ぞ知る“熱き”バイク乗りである。本人によるブログ「不思議の毎日」はameblo.jp/gitan1968
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