Rolling 40's Vol.97 レストアの入り口

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非常にイケない傾向なのだが、知人から個人売買で旧いヨーロッパのバイクを手に入れてしまった。車検はあるので走ることは出来るのだが、実際に路上を安全に走り回るようになるまでは、まだまだ手がかかると思われる。エンジンの一部のややこしい部分以外は自分でセミレストアしている状態だ。

text:大鶴義丹 [aheadアーカイブス vol.167 2016年10月号]
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Vol.97 レストアの入り口

Vol.97 レストアの入り口

レストアというととてつもない費用と時間がかかると思われがちだが、このマシンは基本的なところがシンプルにできているせいか、自分で直して乗っている人も珍しくない。その筋の方々には有名な車種なのだ。なので国内外問わず、メンテナンス本や復刻パーツなども沢山出ている。

そんなことに心血を注いでいるのだから、イマドキの最新型に「欲望センサー」が反応する訳でもなく、旧い金属の表面をどうやってキレイにしたら良いだとか、ヨーロッパの小さな部品メーカーが売っているレストアパーツをどうやって個人輸入するかなどばかり考えている。

走るための機械いじりは大好きなのだが、そういうことをするようなタイプではなかった。アラフィフ症候群のせいか、いつの間にか変な趣味を覚えてしまったようだ。

その昔、四輪のR32・GT-Rをフルチューンして粋がっていた23歳くらいの頃、知り合いから相当なクルママニアの面白い「おじさん」がいるから、紹介すると言われたことがある。

現在の自分と同年代のその「おじさん」は素晴らしい方で、私はすぐに打ち解けた。そしてある日、ゆっくり酒を飲もうと彼の自宅に行くことになった。またそのガレージで面白いクルマを直しているとも言っていた。

訪ねた彼のガレージにあったのは旧いアルファロメオだった。GT1300ジュニア(段付き)だった。エンジンは業者にオーバーホールに出していて空になっていて、足回りと内装を自分で数ヵ月かけながら直している最中ということであった。

仕事も忙しいのでまとまった作業が出来ず、完成にはまだ1年くらいは掛かるだろうと笑っていた。彼が普段乗っているクルマは最新のポルシェであったが、そのマシンに対しては、あまり愛情を感じている様子がないのが印象的だった。

当時の私はその旧いアルファに大して興味を感じなかった。が、それ以上に完成に長い時間がかかるという点に疑問を覚えた。

「どうして好きなマシンに乗れないのを、1年も我慢できるんですか…俺らの世代じゃ無理ですよ」

酒の酔いの流れでそんな失礼な質問をしてしまった記憶がある。

「乗れない時間が長ければ長いほど楽しいんだよ。完成した姿を妄想して楽しめるんだから」

私はその答えに心底に驚いた。男女交際よりもクルマに乗るのが楽しかった当時の私としては、完全に理解の外にある言葉であった。

「まあ、ギタン君も俺の歳まで道楽で乗り続けることが出来たら、分かるかも」

四半世紀前に彼が言った言葉を、私は新たに手に入れた旧いマシンに触れるまで忘れていた。

そのマシンをガレージに入れ、馬鹿でかい昔の新幹線みたいなカウルを外し、さあ、どこから直していくかなあと30分くらいその古びたマシンと睨めっこをしているときに、その言葉を突然思い出したのだ。

実は、私はそのマシンと同じ車種に、以前2回ほど乗ったことがあった。最初のマシンはあまり調子のよくない個体で、かなり悪い印象だった。こんなものをエンスージアスト気取りで乗り回している「おじさん」を見下したような気分になった。

だがその後、同じ車種の完調のマシンに乗る機会があった。その前に乗った印象のままで走り出すと、その2台のあまりの差に言葉を失った。どちらも旧い年式だと言うのに、この差はどこから生まれているのだろうと考え込んでしまったくらいだ。

後から乗った完調のマシンの素晴らしさから逆算するように、最初に乗った不調のマシンのことを思い出すと、不思議とその不調のマシンにも僅かだが、得も言われぬ素晴らしさが隠れているような気がしてきた。

現代の最新マシンでは、片方が事故車や故障車でもない限り、同じ車種2台の間にそこまでの差を感じることはない。その謎を確かめたくなったのが、その旧いマシンを手に入れようと思った最初のきっかけだ。 

そのことをその車種に詳しい方に話すと、そのバイクは超絶的な性能ではないが、人間の感覚と妙にマッチするマシンで、ちゃんと手をかけてやれば何十年とその良さを維持できる稀有な存在なのだと言う。

エンジンも自分でいじり易い形式なのでオーバーホールをアマチュアが行い易く、だからこそ、世界中にその車種の愛好家がいると言う。

私のガレージには今すぐに走り出せるマシンはオンオフ問わずに他にもある。だがその旧いヨーロッパのマシンは、今すぐに走るためではなく、いつか完全な姿となる瞬間のために存在している。そんなバイクとの関係は初めてだ。

50歳の誕生日までは1年半もある。それまでには何とかなるかなと考えている自分の顔が、旧いマシンの曇ったメッキ部品に映っていた。

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text:大鶴義丹/Gitan Ohtsuru
1968年生まれ。俳優・監督・作家。知る人ぞ知る“熱き”バイク乗りである。本人によるブログ「不思議の毎日」はameblo.jp/gitan1968

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