アメリカ大統領就任に見たのはセダンの終焉か

アヘッド セダン

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セダン受難の時代である。さる1月20日の米大統領就任式でも、就任前のトランプ・ファミリーが乗ってきたのは黒塗りのシヴォレー・サバーバンであって、キャディラック、あるいはリンカーンのフルサイズ・セダンではなかった。このクルマ選びはトランプにピッタリで、ホワイトハウスへと向かう映像は、悪漢一味が民主国家を乗っ取る様の生中継のようだった。

text:今尾直樹 [aheadアーカイブス vol.171 2017年2月号]
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アメリカ大統領就任に見たのはセダンの終焉か

アメリカ大統領就任に見たのはセダンの終焉か

▶︎特注リムジンの大統領専用車。ドアの厚さは20㎝以上、防弾ガラスは12㎝以上で、化学兵器の攻撃にも耐えうるよう、車内には外気を完全に遮断できる加圧、酸素ボンベなどが備わる。その頑丈さと防御能力の高さゆえ、「窓のある戦車」「ビースト(野獣)」とも呼ばれる。燃費は2.8㎞/ℓだとか。
(c)UPI/amanaimages


2016年の日本の新車乗用車販売台数のトップ10は、1位のプリウスから順にアクア、シエンタ、フィット、ノート、ヴォクシー、カローラ、ヴェゼル、セレナと続く。カローラ以外、いわゆるセダンらしい3ボックスのセダンは名前が出てこない。

30位まで見ても、21位にインプレッサ、23位にクラウンが名をつらねる程度である。コロナもブルーバードもマークⅡもローレルも出てこない。ご存知のように、ないからである。

日本のモータリゼーションは1955年に発表された通産省の「国民車構想」に始まる。イッキに花開いたのは高度経済成長の時代、鈴鹿サーキットでの第1回日本グランプリが1963年、'64年が東京オリンピックで、'66年に日産サニーとトヨタ・カローラが発売された。

昭和でいうと41年、筆者を含む男の子の全員が「ウルトラマン」に夢中になっている頃、大人たちの間では「マイカーブーム」が巻き起こった。

サニーもカローラも、そのちょっと前に出たパブリカももちろんセダン・タイプで、自動車はセダンがデファクト・スタンダード、事実上の標準だった。ウルトラマンに出てくる科学特捜隊の専用車もセダン(シヴォレー・ベルエア)だったし、象徴的なことに隊員の制服はネクタイ付きだった。

 筆者が自動車雑誌の編集部に入れてもらったのは'84年のことで、「ハイソカーブーム」まっただ中だった。トヨタの白いクラウン、それにマークⅡ/チェイサー/クレスタの3兄弟が売れに売れていた。

そういう世間の風潮に対して、VWゴルフの方がステキだ、シトロエン2CVはもっとステキだ、というような主張を当時のボスたちは誌面で展開した。それでも編集部にはE30型のBMW318iやビュイック・ルセーバー、メルセデス・ベンツ190E、アルファ75といったセダンらしいセダンが長期テスト車としてあった。

高級SUVの先祖とされる初代レインジ・ローバーの輸入が'90年から始まり、故・徳大寺有恒さんがいち早く購入して、スーツにネクタイ姿で乗っておられた。徳大寺さんがネクタイをすっぱりやめたのは、う〜む、いつだったのか覚えていないけれど、ミレニアムを迎えるよりも前だった。

1989年1月に昭和天皇が崩御し、11月にベルリンの壁が壊れた。ソ連が'91年に崩壊して東西冷戦が終わった。EUが'93年に誕生し、ヨーロッパの国境がなくなった。欧州での試乗会に行くと、旧東欧圏のジャーナリストが招かれるようになり、ドレスコードが変わってネクタイ不要のディナーが増えた。既成の権威というものが壊されて、新しい時代を迎える。そんな雰囲気が90年代に入るとますます盛り上がった。

 一方、モノコックの乗用車をベースとするクロスオーバーSUVの先駆とされるトヨタRAV4が'94年、「ワイルド・バット・フォーマル」のハリアーが'97年に発売された。高性能SUVの、BMW X5の登場が2000年、ポルシェ・カイエンが'02年で、以後、乗用車(セダン)並みの動的性能と快適性を備える越境的4WDが続々と開発される。
〝sedan(セダン)〟とはアメリカ英語で、イギリス英語では同じものを〝saloon(サルーン)〟と呼ぶ。前後2列のシートがあって、箱型で閉じていて、トランクルームがある形態の自動車を指す。定員は4〜6人で、それより少なくても多くてもセダンとは呼ばないように思う。

ドアの枚数は4または2だけれど、5ドア・ハッチバックのセダンもある。VWビートルやシトロエンDSのようなセダンもある。3ボックスとは限らない。

ウィキペディアには、「セダンの名称は17世紀頃に南イタリアから広まった乗り物のセダンチェア(sedan chair、椅子かご)からである。ラテン語で『腰掛ける』の意味の sedao、sedoが語源といわれている」とある。少なくとも箱型で、イスが付いていることがセダンの必要条件のようである。

ファッション、社会風俗がカジュアル化するに従い、クルマもまたカジュアル化する。クルマはファッション商品であり、社会風俗の一部であるからだ。大企業の首脳がタートルネックや紺色のセーター姿で公式行事をこなす時代である。遊びグルマとして人気を博したスポーツ・ユーティリティ・ヴィークルがかつてのセダンに代わる位置にくるのは不思議なことではない。

といってセダンが消滅してしまうわけでもないのは、相変わらずネクタイを必要とする人種が残っているのと同じだ。おまけに、現代のSUVの多くは乗用車とプラットフォームを共用する。例外はあるにせよ、SUVとセダンは双子のように開発・製造される。違いは最低地上高とタイヤ・サイズしかない。

第45代アメリカ合衆国大統領に就任したトランプは愛称「キャディラック・ワン」に乗り換えて首都をパレードした。装甲板、防弾ガラスで守られた車重8トンのこの大統領専用車のシャシーは、GMCトップキックというピックアップ・トラックの流用であるという。正式名称は「キャディラック・プレジデンシャル・リムジン」 リムジンとはドイツ語でセダンという意味である。

中身はどうであれ、安心してください、セダンはセダンを必要とする人々がいる限り、なくならない。

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text:今尾直樹/Naoki Imao
1960年生まれ。雑誌『NAVI』『ENGINE』を経て、現在はフリーランスのエディター、自動車ジャーナリストとして活動。現在の愛車は60万円で購入した2002年式ルーテシアR.S.。
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