悲劇の世代1992年生まれの初代絶版車7選

①トヨタ エスティマ エミーナ/ルシーダ(1992年1月~1999年12月)

トヨタ エスティマ ルシーダ

初代エスティマのナローボディバージョンが、エミーナ/ルシーダです。

最盛期には、両車で月間2万台ものセールスを記録するヒット作となり、ライバルの日産 バネットセレナを圧倒。しかしホンダ オデッセイの登場で販売が伸び悩み、本家エスティマのモデルチェンジ時に初代限りで廃止となりました。

②ホンダ アスコット イノーバ(1992年3月~1996年12月)

4代目アコードの姉妹車として登場した初代アスコットのスポーティバージョンがイノーバです。

サッシュレスドアを採用したボディは、当時の4ドアハードトップブームに影響された1台です。本家アスコットは、1993年にモデルチェンジするもイノーバは据え置かれ、3年後に廃止となりました。

③スバル ヴィヴィオ(1992年3月~1998年11月)

スバル ヴィヴィオ

レックスの後継車であるスバル ヴィヴィオは、運転者ファーストな軽として開発されたモデルでした。

運転席中心のシートレイアウトを採用したため、助手席がやや小ぶりになっていました。エンジンは軽には珍しく直列4気筒DOHC+スーパーチャージャーをスポーツグレードに搭載。モータースポーツでも活躍します。

しかし1998年、軽自動車の規格改正のため、初代モデル限りで廃止となりました。

④トヨタ カローラ セレス/スプリンター マリノ(1992年5月~1998年7月)

1985年に誕生したカリーナEDは、4ドアクーペブームを巻き起こし、その影響を受け誕生したモデルがカローラ セレス/スプリンター マリノです。

E100型カローラ(7代目)の派生車種で、カリーナEDと同じデザイン手法を採用し、フロント優先のキャビンを構築。美しいプロポーションも持っていました。

しかし、その後SUVやミニバンの台頭により、4ドア車人気が下降。本家カローラは8代目モデルに移行するも、セレス/マリノは初代限りで廃止となりました。

⑤マツダ オートザム AZ-1(1992年10月~1995年9月)

マツダ AZ-1

頭上方向へ跳ね上げるガルウイングドアを、日本の量販車で唯一採用したのがオートザム AZ-1です(※トヨタ セラはバタフライ式)。

当時のアルトワークス用直3DOHCターボをミドに搭載するMRモデルで、全高1,150mmの車内はタイトすぎるほど。スズキにOEM 供給され、キャラの名前で併売されていました。

総販売台数は4,392台と低迷。AZ-1も初代モデルのみで、廃止となりました。

⑥三菱 エメロード(1992年10月~1996年8月)

三菱 エメロード

7代目ギャランをベースに4ドアハードトップ化したモデルがエメロードです。

事実上のギャランΣの後継車ですが、別派生車種として誕生。しかし人気は1クラス上のディアマンテに集中し、1996年、ベースとなったギャランのモデルチェンジの際、車種整理のため廃止となりました。

⑦マツダ クロノスの兄弟車

マツダ MX-6(1992年1月~1995年7月、2ドアクーペ)

無題

ユーノス 500(1992年1月~1996年3月、5ナンバーセダン)

マツダ ユーノス 500

他に、アンフィニ MS-8(1992年3月~1997年12月、4ドアハードトップ)とオートザム クレフ(1992年5月~1994年12月、3ナンバーセダン)もあります。

マツダはバブル期に販売チャンネルを拡大し、5チャンネル販売体制を構築しました。

各販売チャンネルとも専売車のみの扱いだったため、カペラの後継車であるクロノスをベースに各種ボディバリエーションが制作され、各店舗用にブランド名と名称が変更されていました。

いずれの車種も5チャンネル販売体制の失敗によるマツダの業績悪化と、カペラ復活による車種整理のため、初代限りで廃止となりました。

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