モータースポーツは"オワコン"になってしまったのか?

地上波放映が終わり、触れる機会が少なくなった

F1 ホンダ

モータースポーツで一番馴染み深いのは、F1ではないでしょうか。2000年ごろまでは、地上波でも放送が行われていました。

”音速の貴公子”アイルトン・セナが亡くなった1994年のサンマリノGPも、生放送(日本では深夜)が行われていました。日本GPは、日曜日の昼間に、地上波で2時間から3時間の生放送をしていた時代でもあります。いまでは考えられませんが、当時は視聴率が高く、大人気でした。

しかしながら、F1放映権の高騰などによって2011年に地上波での放送が行われなくなって以降、日本ではBSやCSでの視聴のみとなりました。地上波から姿を消したモータースポーツの放送は、その後、地上波に戻ることがありませんでした。

老若男女、誰でも目にすることができた地上波から、現在では契約しないと見られないBSやCSに移行したことが、コンテンツとして伸び悩むひとつの要因となっていると考えられます。スポンサーも、メディア露出が少ないのであれば、情報発信に対してコストをかけられないといった現状もあります。

クリーン・エコ・万人受けを求めすぎた

モータースポーツの世界は毎年のようにレギュレーションを見直し、よりイコールコンディション、かつ接触事故などが少ないクリーンなレースができるように修正されています。また、エンジンの排気量の縮小化やEV機構の導入など、エコロジーも謳っています。

F1全盛期の1990年代前半は、いまと比べるとマシンやレギュレーションが未完成で、ドライバーの技術と気持ちがぶつかりあうレースが多くありました。安全技術なども発達途中であり、本当の意味での「命をかけた」戦いが繰り広げられ、観戦している側も、スリルと迫力を感じました。

当時のGTレースでも接触事故やサイドバイサイドのデッドヒートが各所にみられ、腕のいいドライバーが勝つという、クルマ任せではないスポーツ要素が含まれていました。

現在ではできるだけ事故を少なく、クリーンなバトルを行うようレギュレーションが変更され、多少強引な追い抜きをしようものなら、ペナルティが課せられてしまいます。

ドライバーの腕が影響しないとは言いませんが、ドライバーの技術で勝つという時代ではなくなってしまい、マシンの性能が勝敗に大きく影響するような状況です。

これでは、ドライバーはマシンに乗せられているだけで、モータースポーツとしてのスリル・迫力・ドラマが起こりにくいのです。既存のモータースポーツファンをないがしろにし、世論に合わせた結果、人気低迷となってしまった、と考えられます。

実車へのフィードバックが少なすぎる

自動車メーカーにとってモータースポーツへの参戦は、市販車への技術フィードバックを行うことができるという意味をもっていますが、現在の市販車においてレースからのフィードバックをもらうクルマは、ほぼゼロに等しいです。

エンジン技術、ボディ剛性、足まわり、空力に至るまで、市販車の技術はレーシングカーとは毛色がまったく違うため、あえてレースへ参戦し、新規技術を開発することもありません。

また、レースの速度域で効果のある空力技術は、公道では効果をなさないものも多く、市販車のためのレース参戦をする必要性がありません。

レースに出るということは、いまやブランドイメージや企業イメージの向上のためのコマーシャルでしか無くなってしまっていることも、モータースポーツ熱低下の要因ではないでしょうか。

現在のところ、日本におけるモータースポーツはオワコンになってしまったと言わざるを得ません。ファンを喜ばせるには、ドラマや興奮が伝えられなければならないと思います。

初めて見た人でもわかりやすく、往年のファンをも唸らせるレース運営の仕方を模索しなければ、モータースポーツの復権はないのではないでしょうか。1モーターファンとして、もう一度モータースポーツが復権することを心待ちにしています。

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文・赤井福
大学卒業後、金融業に従事。その後、6年間レクサスの営業マンとして自動車販売の現場に従事する。若者のクルマ離れを危惧し、ライターとしてクルマの楽しさを伝え、ネット上での情報発信を行っている。

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