TBSアナウンサー 安東弘樹が語る「なぜ日本にはクルマ好きがいなくなったのか」

アヘッド 安東弘樹アナ

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2016年1月15日に起きた軽井沢でのスキーバス転落事故のあと、TBSアナウンサー安東弘樹さんが書いたGAZOOでのコラム「クルマ離れ」が大きな反響を呼んだ。AT車の比率が90%以上という日本では、ニュートラルやエンジンブレーキなどの言葉さえ知らない人がほとんど。クルマ離れを通り越して、運転嫌いが増えつつあるという現状とその原因について、大のクルマ好きを自認する安東さんにお話をうかがった。聞き手は、安東さんと高校の同級生である二輪ジャーナリストの小林ゆきさん。約3時間にわたって、インタビューは続いた。

text:小林ゆき photo:菅原康太 [aheadアーカイブス vol.160 2016年3月号]
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TBSアナウンサー 安東弘樹が語る「なぜ日本にはクルマ好きがいなくなったのか」

TBSアナウンサー 安東弘樹が語る「なぜ日本にはクルマ好きがいなくなったのか」

安東弘樹/Hiroki Ando
1967年横浜市生まれ。成城大学法学部卒業。1991年、アナウンサー27期生としてTBSに入社。これまでに「王様のブランチ」「アッコにおまかせ」「はままるマーケット」などテレビ番組のほか、ラジオでも活躍。現在は「ひるおび!」(TV)、「辛島美登里 こころん、ふるさと(ナレーション)」(RADIO)を担当。大のクルマ好きで、これまでに39台ものクルマを乗り継いだ。奥様がイラストを描いた共著『安東さんちの子育てちからこぶ』では二人の男の子の子育てを綴っている。

「日本人は、AT(CVT)の”ラクさ”によって、クルマを操る楽しさを忘れてしまった」


「クルマの総AT(CVT)化が日本人をクルマ嫌い、クルマの素人にしてしまったんではないかと思うんですよ」

しょっぱなから、彼は熱かった。TBSの看板アナウンサー安東弘樹さんは、世間にはあまり知られていないが実はクルマ好き、いや重度のクルママニアである。最近ではトヨタが運営するWEBサイト「GAZOO」でクルマや交通社会に対する歯に衣着せぬコラムを著し、大いに話題となっている。

そのコラムで「日本では官民をあげて、この2、30年で日本人を〝クルマの素人〟に仕立て上げたと私は思っています」と綴った。彼のAT(CVT)に対する見立てはこうだ。

「家庭では女性中心でクルマを選びますよね。特に都市部では一家で何台もクルマを持てないから、よりラクなAT(CVT)を選ぶ。それで、男性もATに乗るようになる。CVTは〝暖簾に腕押し〟のようで変速感もないですし、、アクセルの反応もビビッドに感じられません。それで無意識のうちにクルマの運転がつまらなくなり、苦痛になり、気がつくと、日本人の多くが運転嫌いになってしまったのではないでしょうか」

日本の高速道路のSAで奥さんと旦那さんが運転を押しつけ合う光景を見かけることがある。一方、欧州のCMではクルマのキーを男女が奪い合うような描写が印象的だと語る。日本におけるCVT車の普及は運転の楽しみを奪い、まだまだマニュアル車の割合が高い欧州では、一般のドライバーにも、運転それ自体がクルマの魅力の訴求力となっている。
そもそも安東さんがクルマに興味を持ったのはいつからだったのか。

「物心ついた3歳くらいからミニカーしか欲しがらない。ウルトラマンを見ても出てくるクルマの方に興味を持つ。バスに乗っても、運転を見たくて、どうやって運転手さんの後ろに座ろうかとか、そんなことばかり考えてました」

ルノー・ゴルディーニやスカイラインなどを乗り継いできたクルマ好きのお父様の影響もあり、自然とクルマ好きに育ったようだ。その後、両親の離婚をきっかけに、自力で学費を払うため、高校時代からアルバイトに勤しんだ。大学時代に山形の合宿教習所で運転免許を取得。以降、なんと39台ものクルマを乗り継いできたという。冬の山形での教習経験も影響し、四駆へのこだわりもそのころに生まれた。

「最初はオフロード系ばかり乗ってたんです。ジムニーが1台あったらなんでもできると思いました。その後テラノ、パジェロ、ビッグホーン、エクスプローラーからディスカバリーまで。基本的に四駆が好きなんです。4つタイヤがあるんだから4つ駆動する方が自然ですよね」

オフロード走行を通じ、運転そのものに〝快楽〟を感じた安東さん。

「以前、九州まで1500キロ走ったときも全然疲れないんです。到着してからも、もう少し走りたい、とクルマを停めた後もしばらく悶絶していたほど。運転するのは快楽以外の何ものでもないんです。太平洋に橋を掛けてくれたら、ハワイでもアメリカでも、クルマで行きたい」

現在の愛車3台のうち1台はポルシェ997後期型カレラ4Sの右ハンドルのマニュアル車だ。オフ系からスポーツ系に至るまで、四駆へのこだわりがある。

「雨の日のRRってやっぱりちょっと怖いし、全軸に重りがある方が安定しますよね。どういう状況でも四輪が駆動してるっていうのは安心感が違います」

輸入車も多く乗ってきたが、今までトラブルはなかったのだろうか。

「これまで乗ってきた輸入車は一度も壊れたことないんですよ。ディスカバリーのリアビューミラーが落ちた、それが唯一ですね。基本的に機械に負担をかけない運転をしてる自信があるんです。長い距離を走るし、しばらく放っておくということがない。シトロエンのXMもノートラブル。そう言うとみんなびっくりするんですけど、とにかくたくさん〝走る〟というのが輸入車にはいいのかなと思っています」

情報番組「ひるおび!」で担当するコーナーで、話題のニュースをジャーナリスティックな視点で繙く安東さん。秘めたる正義感を画面から感じることもある。話題は、日本人のクルマに対する無知・無関心へと移った。

「ヨーロッパに友人が何人かいますが、みんなキャブレターとインジェクションの違いや、エンジンの中でピストンが上下していることを知っています。ヨーロッパではマニュアル車に乗るのが普通という背景もあってか、自然とクルマに詳しくなるんですよね。ところが、日本人は大半がエンジンの構造を知らない」

日本人のクルマへの無知・無関心は、家電製品のようなAT車ばかりになってしまったことが大きな要因なのではないか。それは一般のユーザーだけではない。ディーラーの営業マンにさえそう感じることがあるという。安東さんは気になるニューモデルがあれば、一般ユーザーとしてディーラーに試乗しに行く。

「先日、パドルシフトが付いてるクルマに試乗したんですが、何も反応しないので、モードを変えたりいろいろ試してみたんですけど、反応が鈍いんですよね。で、壊れてるのかなと思って営業の人に聞いたら『パドルシフトを使う人はいないので分かりません』との返答。それなら付けるなよ、と言いたくなりました。営業マンが自社のクルマに付いている機能が分からないなんて、言っちゃいけないと思うんですよ」

情報を発信するメディア側の認識も危惧する。番組でスキーバスの事故を取り上げたとき、制作スタッフの殆どが「ニュートラル」などクルマの構造の基本的な言葉の意味を理解していなかったという。

「スタッフの一人が『運転って疲れるし、大変だし、何が楽しいんですか? 運転手という職業があるくらいで、運転って労働ですよね』と言ったんです。そしたら、他のスタッフもみんな頷いてました」

もはや、日本人はクルマに対する無知・無関心を通り越して、運転すること自体を忌み嫌うようになってしまっている。

「運転という行為には社会的責任があります。でも、背負っているものが大きいだけに、余計に楽しいんですよ。マニュアル車の運転が苦労だなんて思わない。むしろ快楽です。1〜2tもの物体、しかも選ばれた技術者たちがつくったテクノロジーの塊を、マニュアル車なら自分の手足で意のままに操れる。これ以上のカタルシスはこの世にない」

しかし一方、日本メーカーのマーケティングの上手さも認めるところ。

「父が、歳を取ると国産車がいい、楽なのがいいって言うんですよ。国産車は例えば、乗り降りがしやすかったり、ティッシュボックスが付いていたり、スーパーのゴミ袋を掛けるフックが付いていたり、〝便利さ〟という点でのサービス精神がすごいですよね。でも、2㎞移動するにはいいけど、長距離を運転すると疲労したりする。それはそれで日本の実情には合っているのかもしれませんが、結果、知らず知らずのうちに日本人がクルマから離れてしまったのではないのかと思いますね」

「クルマへの無知・無関心は人の命に関わります。 誰もが最低限の知識と運転技術を持つべきだと思う」


同じような価格帯に同じようなクルマのラインアップがひしめき合い、趣味的なクルマへの興味を持たない人ばかりになってしまった日本。それなのに、高級車や輸入車へのステイタス性は変わらず、時にやっかみの対象となったりもする。

「僕はタバコもお酒も一切やりません。その代わりにポルシェを買ってると思ったら、これは決して贅沢ではないと思うわけですよ。それなのに、輸入車を所有しているというだけで揶揄されることもある。舶来ものに対する憧れと妬みっていうか。そもそもガイシャっていう言葉がねぇ…」

均質化した日本のクルマ社会は、クルマ文化への理解さえ希薄にしてしまったと憂慮する。総AT化されたクルマ社会にとって、次なる課題は自動運転だ。

「番組でご一緒してる女性のタレントさんが『駐車やってくれないかなぁ、クルマが』って言うんですよ。自動運転のニーズがここにあったんだって思いました。僕にとっては自動運転は恐怖でしかないんです。自動運転が普及して、もしシステムがバグってしまって、手動運転しなければならなくなったとき、どうするんでしょう。普段から訓練していなければ、映画『アイ、ロボット』のウィル・スミスみたいに急に超絶運転なんてできるわけがない。手動のクルマは今後、今のMT車やバイクのように趣味的な存在になるかも知れませんね。でも僕は、クルマの運転という、こんな楽しいことを機械にとられてたまるかって思います」

とは言え、当面は手動運転の時代が続くであろう日本の交通社会に対する安東さんの提言とは?

「僕は何も日本人全員クルマ好きになれ、なんて言うつもりは全くないんです。ではなぜ、クルマに対する無知・無関心を問題視するのかというと、他の家電製品などとは決定的に違って、クルマは人の命に関わるからです。クルマに対する正しい知識と必要十分な運転技術を持つことによって、人の命も自分の命も失われずに済む、ということが少なからずあると思うんです。

そのためにも例えば、免許証を取得する際、全ての人にサーキット教習を義務付けたらどうでしょうか。一度、時速200㎞を体験したら、その楽しさも危なさも分かると思うんですよね」

一見突拍子もないように感じるが、国際規格のサーキットが各地にある日本ならではの提案だ。サーキットの高速走行体験は、クルマと自分の限界を知る良い機会となるだろう。

しかしながら、「ある番組の若いスタッフに話したら、『サーキット、走ってみたいです、でもサーキットって普通の人は走っちゃいけないんですよね?』と言われました」サーキットはプロドライバーしか走れないと思われているのだ。

「ニュルブルクリンクみたいにひと言『自己責任で』という看板を出して、ボーリングをやる感覚で走れるようにならないかなと。教習は無理としても、もっとサーキット走行のハードルが下がるといいですよね」

もちろん、ディーラー関係者もサーキット体験は必須だと語る。売る側の営業マンこそ自社のクルマの性能の限界を知って欲しいのだ。

さらに、一般のユーザーがサーキットに出向くことで、モータースポーツへの理解が深まる役割もあるのではないか、とも言う。

「縁があって、僕にとっては憧れのレーシングドライバーの方と一緒にご飯を食べに行ったことがあるのですが、一般の人は彼らに気付かないんですよ。日本のトップドライバーが知られていないなんて本当に残念です。自動車メーカーは、自社と契約しているトップドライバーたちをもっとCMやTV番組に出演させたりして、彼らが認知される努力をして欲しいですね。自社にとっても将来的にモータースポーツの啓蒙になるはずです」

クルマのテクノロジー、ソフト、マーケティング、交通社会、などなどたっぷり3時間クルマ談義が続き、最後にこんな話になった。

「行政も含めて、スピードを落とすこと、遅いことを安全運転って言うのは根本的に間違ってると思うんです。スピードが事故を起こすんじゃなくて、集中力の欠如とかマナー違反とかだと思うんです。人身事故の大半が時速50㎞未満で起こるそうです。運転に集中して、モラルやマナーを守って合理的に走るのが本来の安全運転ですよね」

年間数万キロを走り、クルマを愛してやまない安東さんだからこその辛辣な言葉が続く。職業柄言いにくいこともあるのでは? と尋ねたところ……。

「実はあのGAZOOのコラムを書いたあと、あるモータージャーナリストの方からメールをいただいたんです。本来は自分たちが書かなければいけないことなんですけどね、と。では、なぜあのコラムが注目されたのかというと、僕がジャーナリストではなく一介のアナウンサーだからだと思うんです。専門家であるモータージャーナリストの方が言ったら、そうだよなと、当然のこととして聞き流されてしまうかもしれない。でも、僕がクルマ好きであることは一般にはあまり知られてないですし、普段、自動車メーカーとのおつき合いもない分、自由な発言もしやすい。そこが僕の強みでもあり、そこに僕の役割があるんじゃないかと思っているんです」

そんな安東さん、次期車両も熟考中だ。

「今、趣味のクルマであるポルシェと、普段の移動手段のチンクエチェント、家族で出かける際のシャランという3台体制なのですが、税金や保険の負担も大きいので、普段乗りと家族のクルマを1台に集約したいんです。クリーンディーゼルのSUVなんていいですね」
小林ゆき/Yuki Kobayashi
オートバイ雑誌の編集者を経て1998年に独立。現在はフリーランスライター、ライディングスクール講師など幅広く活躍するほか、世界最古の公道オートバイレース・マン島TTレースへは1996年から通い続け、文化人類学の研究テーマにもするなどライフワークとして取り組んでいる。
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