Rolling 40's Vol.59 地産地消

Vol.59 地産地消

Rolling

とくにダンプほどあるようなフルサイズのバンや巨大四輪駆動車などが印象的だ。あれに色々と遊びグッズを載せてリゾートに向かったら、どれ程豊かな気分になるだろうと夢想せざるを得ない。

また日本車でも、日本では売られていないアメ車サイズの北米仕様もたくさんある。トヨタ・ランクルの巨大版である「セコイア」などはとくに有名だ。ハイラックスのお化けバージョンの「タンドラ」も同じプラットフォームだと記憶している。

日本でも並行輸入して乗っている方がたまにいるが、アメ車などに負けるかとばかりにとにかく幅がデカい。やはりアメリカというモノは、性能の前にデカくなくては「イケない」何かがあるのだろう。片側5車線のフリーウェイ一杯に広がるガリバー王国だ。

だが日本に帰ってきて空港から一歩表に出ると、やはり日本車が良いなあと思ってしまう。とくに最近の日本車はコンパクトな中に嫌というほどの高性能が詰め込まれているオーラが溢れ出ている。言ってみれば料亭で作られた超高級・幕の内弁当のようなモノである。きれいで狭い日本の道にはそれらが良く似合う。

対してアメ車のオーラとは、やはりポンドステーキであろう。日本の街で大きなアメ車を見ると、カウボーイハットを被っているような違和感を感じることもあるが、それでもやはり日本車には絶対に辿り着けない世界観をブレずに持っている。固くて脂身も多いアメリカンビーフを豪快に食す感覚だ。「後ろから駐車」の狭い駐車場では発想不可能な味付けである。
 
どちらが好きかは個人の自由だが、懐石料理もステーキも、可能ならどちらも楽しみたいというのが私的な本音だ。
 
アメリカでのプリウスの売れ方などを見ても、日本車的なコンパクトな発想がこれからの本流であるのは疑いようがない。しかし幌馬車での開拓精神を原風景としたアメ車的な発想に強く惹かれる時がある。それは日本的な自然の中では絶対に生まれない「大移動」ということへの目的意識が決定的に違うからだと思う。
 
アメリカ的な「移動」の概念に対して、日本的なそれが前面に出ている車種と言えばやはりトヨタ・クラウンだと思う。あのクルマのあり方と伝統は、本当に日本人のクルマへの美意識や「移動」というモノへの概念の総称的なものである。御殿様の籠のようなものなのだろう。だから日本の風景に一番よく溶け込む。
 
反対にクラウンをアメリカのグランドキャニオンに持っていくと、たぶん何か違和感があるだろう。
 
アメ車は過去に2台、所有していたことがある。23年ほど前にコルベット、もう一つは10年前にアストロである。スポーツカーとバンという両極端なセレクトではあるが、共にシボレーだ。
 
日本車に比べて何が良かったかというと、意味もなく「大らか」な気分になるところである。イライラしているときでもハンドルを握って大きな車体を走らせるだけで何となくリラックスする。ハンドリングは今一つハッキリしていない感じなのだが、その曖昧さが日々の緊張感を和らげてくれる。
 
しかしそれはシボレーの設計者が意図して作り出した「うま味」ではないと思う。味付けとして曖昧さを作り出そうとはしていない。向こうではそれが標準なのだ。きっとアメリカ生まれのアメリカ人は決してそんなことを感じないのだろう。
 
悪いところは実は意外と記憶にない。あえて言うのなら、ちゃんと安くメンテしてくれる店が少ないことだ。
 
反対に今乗っている日本車はハンドルを握っているだけで安定感と溢れんばかりの質実剛健さに、何となく自分もちゃんとした勤勉生活を送ろうと思ってしまう。
 
同じようにドイツ車はドイツ車で、ポルシェからアウディのワゴンまで明らかに同じ味を感じる。これらは日本の道に合っているのは言うまでもないが、反対にうちの母親などからすると、操作の一つ一つが少し硬くて疲れると言っていた。ゴルフに乗ったおばちゃんが普通に高速を150キロで走っているお国柄故なのだろう。
 
結局日本ではどんなクルマに乗っていれば「快感」なのかと言うと、実際に乗った感想も含めて冷徹に決定すると、軽自動車以外はプリウスということになってしまう。良くも悪くもこのクルマは評論さえも許さない次元の世界観を作ってしまった。
 
だが、私のような天邪鬼からすると、この100点満点の答えがどうにも気に食わない。それでは今の時代に何が面白いかと言うと、値段との関係も含めて少し前のアメ車が面白いなぁと思ってしまう。デカいステーキと同じで、あの味を一度覚えると癖になる。
 
燃費のことを気にする方もいるかもしれないが、500万円のハイブリッド車でガソリンを節約して元を取るのは夢物語である。だったらいっその事、月1万円無駄に使っても大らかな夢物語の中にいた方が良いと思ってしまう。
 
アメ車の神髄とはどこまでも続くルート何やらかんやらよりも、あのデカいスーパーの駐車場にあるかもしれない。

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text:大鶴義丹/Gitan Ohtsuru
1968年生まれ。俳優・監督・作家。知る人ぞ知る“熱き”バイク乗りである。本人によるブログ「不思議の毎日」はameblo.jp/gitan1968

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