おしゃべりなクルマたち Vol.62 人生の不正義を知った夏

Vol.62 人生の不正義を知った夏

アヘッド 武政 諒イラスト

息子がもらって来た高校最終年の最初の宿題は作文。哲学の授業で「今年の夏に知ったこと」を書く。興味そそられるテーマだ。お母さん、読んでみてください、こんな健気なことを言うはずもなく、私は書きかけのそれを盗み見る。最初の一行で唸ってしまった。「私は今年の夏、ツーリングで人生に不平等と不正義があると知った」、こう始まっていた。

夏休み、彼は家族をのせて2,000kmをひとりで運転した。この年齢の子供を親とのバカンスに連れ出すのは至難の業、こう言われるが、ウチの場合はあなたが全行程、運転してと人参をぶらさげたら、ヒヒーンと大喜びで付いて来た。

喜んだのは父親も同じで、人生を教えると大変な意気込み。なんと大袈裟なと笑ったが、今回の旅で私が実感したのはロング・ドライブは社会生活の縮小版、生きることがぎゅう詰めだということだった。

朝、クルマの点検をする。道順を決める。休む場をセレクトする。ガソリンの量を気にしたり、給油したり、支払ったり。室内の掃除もしなければならない。家事も運転者の役目。旅に不測の事態は付き物だからこれにも対応しなければならない。色々学んだと思っていたのだが、彼が実感したのは不平等と不正義という。感慨深かった。

フランスの子供たちはクラス社会に生きている。オトナと同じように。幼い頃から自分の階級のなかで生きることを学ぶ。学校すら同じで、たとえばこちらの学校で先生が試験の点数をみんなの前で公表するのは普通のこと。

それはやる気を喚起するというより、自分の居場所に自覚を与えるためのよう。学校の勉強がすべてではないことを教え、早いうちから自分の将来を考えさせる。子供同士に競争意識は薄く、出来ない子への偏見もない。当地の子供はくくりに守られて生きている。少なくとも不平等についてはクラス・レスのニホンの子供の方が敏感で、クラス社会に生きる彼らの方が無頓着、そんな印象を持つ。

ひとたび、クルマに乗ればしかし、すべていっしょくた。誰もが先に進むことのみを考える。後ろからメルセデスに不要に煽られたり、横から割り込まれたり。譲ってばかりいては一生、目的地にたどり着けず、料金所の機械が壊れていても責められるのは先頭のキミ。

なかでも息子が最も怒ったのは彼が言うところの、自分が正しい運転をしているときに不当な扱いを受けたときだった。「なんだよ、こ奴」、息子がめちゃくちゃ怒る。私は見ていて可笑しい。こんなもん、不当な扱いとは言わないのよ、ベイビー。

彼の作文がどんなふうに終わるのか、盗み見たことを知った息子がファイルを隠したために、その結末はわからない。わかっていることは17歳の夏に経験した初めてのツーリングを彼は決して忘れないだろうということだ。

----------------------------------------
text : 松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

アヘッド ロゴ

この記事をシェアする

関連する記事

最新記事

     
アヘッド Car & Motorcycle Magagine ahead archives