ひこうき雲を追いかけて vol.48 自動運転の憂鬱

vol.48 自動運転の憂鬱

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それにしても、この手の話題に接するたび、いまひとつ明るい気持ちになれないのはどうしてだろう、と考え込んでしまう。

クルマは移動の自由を担保してくれるものとして進化してきた。その意味では自動運転は自動車の究極の姿と言っていいかもしれない。しかし同時にクルマは、いかに人にドライビングプレジャーを与えられるかという面においても、進化の歴史を刻んできた。

だから、クルマ好きの友人たちはたいてい自動運転の流れが加速していくことに対して戦々恐々としているか、あれは単なる夢物語、と無視しているかのどちらかだ。そしてまた特にクルマ好きでない人たちからも、「自動運転って何のためにやってるの?」と聞かれることがよくあって、いつも答に窮している。

aheadでも「21世紀少年はドライブにいく夢を見るか?」と題して、自動運転を取り上げているが、個々の技術が確実に自動運転に向かって進んでいることが分かるほかは、国交省としては今のところ、現在、日本が直面している課題を低減したり、解消することが目的である、ということのようだ。

つまり、その96%がドライバーに起因すると言われている交通事故の低減。クルーズコントロールを発展させ、車間距離や速度管理の精度を上げることによる渋滞の緩和や解消。

そして少子高齢化への対応だ。自宅から最寄り駅までの道のりを自動運転がカバーしてくれるなら、そう遠くない時期に高齢者に数えられる私としても、心強い。

しかし、この問題について私や多くの人が抱いている心のもやもやは、誰も自動運転の未来についてのビジョンが本当には描けていないことにあるのではないか。いや、私たちが知らないだけで、描いている人はいるのかもしれない。

でもその全体図が伝わらないことが、特に、自分で運転する自由を手放したくない人たちの気持ちを暗くしているのだと思う。

誰か自動運転の未来について教えてよ。と声を大にして言いたい私なのであるが、それを取材して記事するのが仕事でしょ、と返す刀で言われそうでもある…。

また、この話題でいつも疑問に思っていることがあって、オートマがほとんどを占める日本やアメリカはともかく、今でも、あれほどMT車を好んで運転するヨーロッパの人たちは、この自動運転についてどう思っているのだろう。一度、聞いてみたいと思っている。

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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。

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