私の永遠の1台 VOL.30 ヤマハ SR400

私の永遠の1台 VOL.30 ヤマハ SR400

私の永遠の1台 VOL.30 ヤマハ SR400

テケッテケッテケッ! と駆けるエンジンフィーリング、両方のヒザとクルブシがくっついてしまいそうなほどスリムな車体、ちょっとだけ腰高なシート位置…ときどき無性に懐かしくなり、また体感したくなる。

SRは、いまから約30年前の、僕の初めての愛車だ。大学の先輩の、バイク売ってやるよ、の一言で購入を決意(←いま考えれば次なるバイク購入を狙う先輩にうまくハメられたのだが…)。それがSRだった。

時代はレプリカブーム全盛期だったが、自分はあまりソチラに興味がなく、それよりもセパハン/バックステップ/キャブトンマフラーが装着されていた、いまでいうところの〝カフェ〟スタイルにカスタムされていたそのSRは、とにかく格好良かった。

そのSRは、SR乗りはデコンプ無しでもエンジン掛けられなきゃ、というワケの分からない先輩の理論でデコンプが外されていた。

キックスターターの方法やデコンプの作用などについての説明は割愛するが、デコンプ無しでSRのエンジンを掛けるには、エンジンが掛かりやすいピストン位置を探ることや、キックを踏んだときのアクセル開度によってどれだけの混合気が入ったかを理解して、何度もキックを踏むときはアクセル全閉/全開を効率よく使うなど、バイクのメカニズムを勉強するのに最高の題材だった。

またその先輩から沢山のことを学び、それでも分からないことは近所のバイク屋さんに教えてもらった。

そのバイク屋さんは、パーツもオイルも買わない僕でも親身に相談に乗ってくれ、メンテナンスの方法を教え、工具まで貸してくれた。いま思えば、そういったバイクを取り巻くコミュニティに自然と潜り込み、そのなかでバイクライフを楽しむ方法を教えてくれたのもSRだったのではないかと思う。

ときどきSRに乗る機会があると、変わらぬ乗り味を維持し続けていながら、進化の形跡に毎回驚かされていた。そして冒頭に書いたように、買っちゃうか? いまじゃなくても良いんじゃないか? という欲望のシーソーを動かし続けているのだ。

いまSRは、ヤマハのモデルラインアップから外れている。厳しくなる環境性能や、変化する道路環境と経済情勢に合わせ、〝蘇り〟を計っているという噂だ。その開発の道のりは平坦ではないことは百も承知だが、ただ希望を言えば、僕がそうであったように、多くのライダーが、さまざまな経験を積むことができるバイクであって欲しい。ただ、それだけである。

VOL.30 ヤマハ SR400

1978年にデビューして以来40年に渡り幅広い世代から支持されてきたSRは、日本を代表するオートバイである。スポークホイール→キャストホイール→スポークホイール。ディスクブレーキ→ドラムブレーキ→ディスクブレーキなど、時代の要求に合わせて仕様が往き来した異色の歴史を持つ。現在は生産休止中だが近い将来ラインアップに復活させることをメーカーが明言している。

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text : 河野正士/Tadashi Kohno
1968年、高知県生まれ。2輪専門誌の編集部に在籍した後、フリーランスに。雑誌を中心に、ライター&エディターとして活動するほか、様々なコンテンツ制作にも携わっている。

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