おしゃべりなクルマたち Vol.50 母と娘の探し物

アヘッド イラスト 武政 諒

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ある秋の週末、友達と映画に出かけた娘を拾い、一緒にスーパーに出かけた。いつ雨が降り出してもおかしくない、そんな日だったから彼女は折り畳み傘を持参していたのだが、スーパーに着くとそれをパンダのグローブボックスにしまった。

text:松本 葉 イラスト:武政 諒 [aheadアーカイブス vol.119 2012年10月号]
Chapter
Vol.50 母と娘の探し物

Vol.50 母と娘の探し物

私の愛用品の隙間に置き、持ち手の紐がひっかからぬようキュッキュッと押すと扉を閉めたのだが、このキュッキュがいけなかったらしい。閉めた扉の間にキュッキュの反動で跳ね返った紐がはさまり、グローブボックスの扉が開かなくなったのだ。

気づいたのは家に戻って傘を取り出そうとしたとき。「開かない!」、叫ぶ娘をなだめつつ、ただ力まかせに私は扉を引っ張った、状況も確認せず、手段も講じず。すると扉は開いたが、開いたとたんに取手のバネが飛び散った。その後はベローンと出しっ放しの舌のように、扉はグローブボックスにぶらさがったまま。

何かの間違いだ。きっと閉まる。息をととのえ、ふたりでゆっくり扉を閉めたが、ソロソロと手をはずすと、つかの間の静けさのあと、ガタンという無情な音とともに舌はべろんと再び垂れたのだった。「どうする?」、娘が尋ねる。備品など壊れても私はまったくおののかないが、ベローンにはまいった。なんだか気持ちまでベローンとなりそう。

まず娘と、我が家の男どもに助けを求めることなく二人で処理することを誓い合い、策を練った。最初に浮かんだのは当然、正規ディーラーだったが、次に浮かんだ解体業者に出向いて解体待ちのパンダからグローブボックスを外すという案(これはチンクエチェント所有時代によく行ったことだが)と共にボツにすることにした。娘がまずはインターネットで検索してみようと言ったからだった。今のコは最初にネットが浮かぶのか。

彼女が見つけ出したのはフランス国内専門の〝探しもの〟サイト。早速、リクエストを打ち込むと該当者があらわれる。ここで早、感激。さらに感激したのは、この該当者に電話をかけると確かに「パンダのグローブボックスを売りたい」と言ったこと。ワオ。どんな事情があってこんなものを単品で売りたいのか、不思議だったが、相手も同じことを想っているようだった。

わかっているのは私はパンダのグローブボックスを買いたがっており、このヒトはパンダのグローブボックスを売りたがっている、それだけ。広い世界で互いに探し合っていたふたりがようやく出会ったような気持ちになったが、広い世界にいるはずの相手は隣り街のニースにいて、私は翌日、ニースの駅でグローブボックスを受け取った。

娘が照らす懐中電灯の光を頼りに壊れたグローブボックスを外し、新しいそれを装着する。私はグローブボックスというのは車体と一体化している、そんなイメージを持っていたのだが、外せる上に装着できることに感動した。最後のねじを回し終えると思わず娘と抱き合ってしまった。

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text : 松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

イラスト:武政 諒
コラムニスト。鎌倉生まれ鎌倉育ち。『NAVI』(二玄社)の編集者を経て、80年代の終わりに、単身イタリアへ渡る。イタリア在住中に、クルマのデザイナーであるご主人と出会い、現在は南仏ので、一男一女の子育てと執筆活動に勤しんでいる。著書:『愛しのティーナ』『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)など。
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