生産台数554台の美しき名車、初代「シルビア」…なぜ生産台数が少なかったの?

日産 シルビア 初代

1965年に発売された初代日産 シルビアは、欧州の香り漂う非常に美しいモデルでした。しかし生産台数はわずか554台…。現存している台数も極めて少ない稀少車といえるでしょう。そんな美しい名車について触れてみます。

Chapter
美しき隠れた名車…
海外に追いつき追い越せの時代背景…
なぜ生産台数が少なかったのか?
シルビアのその後…

美しき隠れた名車…

1964年の第11回東京モーターショーにダットサンクーペ1500として出展され、翌1965年4月に発売されたシルビア(CSP311型)。

エレガンスを感じさせる非常に美しいデザインは、社内のデザイナーが描いたもので、ドイツ人デザイナーのアルブレヒト・フォン・ゲルツ氏の助言を受けながら作ったと言われています。

型式からわかるようにシルビアは、当時のフェアレディ(SP311型)のシャシーとエンジンおよびミッションを使って製作されたもので、ボディサイズは、全長3,985mm×全幅1,510mm×全高1,275mmと非常にコンパクトにまとめられていました。

フェレディと同じR型エンジンは、4気筒OHVの1,595cc。SUツインキャブによって、最高出力90ps/6,000rpm、最大トルク13.5kg.m/4,000rpmをそれぞれ発揮しました。

足回りは、フロントにダブルウィッシュボーン、リアに半浮動リーフリジッドの組み合わせ。ブレーキは、フロントのみディスクが採用されており(リアはドラム)、最高速は165km/hとカタログにも記されています。

海外に追いつき追い越せの時代背景…

ご存じの方もおられると思いますが、この初代シルビアにはベンチマークと思しき、そっくりなデザインのクルマが存在します。それがイタリアのランチア フルヴィアクーペです。

フロントを低くみせるノーズ部分の処理、繊細な印象のAピラーなど、クリスプカットと呼ばれた美しいデザインのもとになっているのは、明白でしょう。

ただし、ランチアは狭角V4エンジンのFF駆動という点で、FRのシルビアとは大きな違いがありますから、あくまでもデザインの参考にした程度なのかもしれません。

なぜ生産台数が少なかったのか?

初代シルビアは、欧州のスポーツクーペを意識した国産スペシャリティクーペだったといえます。アルミの削り出し材を使ったラジエターグリル、曲面ドアガラス、継ぎ目のないボディパネルに、室内はリクライニング式バケットシート、木製ステアリング、アームレスト兼用グローブボックスなど、内外装に凝った意匠を採用。

そのため、販売価格が120万円となっていました。これは、ベースとなったフェアレディの93万円を大きく上回るとともに、セドリックをも超える価格でした。

当時の大卒初任給が2万4,000円ほどの時代ですから、現在の感覚でいえば1,000万円近いプライスだったといえますね…。
 
シルビアが日産のフラッグシップとして位置づけられたモデルであれば、もう少し長いライフであったかもしれません。しかし日産には、ご存じスカイラインやフェアレディといった同等の性能で、廉価なモデルが存在していたことから、その存在が埋没してしまったと考えられます。

結果的に1968年6月で生産を終了。その生産台数はわずか554台と、まさに幻の名車ともいえる存在になっています。

シルビアのその後…

初代シルビアは前述のように商業的成功を残すことはできませんでした。しかしその後1975年に復活したシルビアはモデルチェンジを繰り返し、2002年に生産中止となる7代目のS15シルビアまで、モデルライフは続きました。

FR駆動、そしてスペシャリティカーとして作られてきた歴代シルビア。特にS13型は非常に人気が高かったモデル。運転技術を磨いた方も多いのではないでしょうか。

後のシルビアと初代シルビアは、少々立ち位置の違うモデルとなっていますが、「FRのスペシャリティカー」というコンセプトは最後まで引き継がれていました。

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