忘れられないこの1台 vol.72 カワサキ GPz900R

アヘッド カワサキ GPz900R

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Ninjaというオートバイを認識したのは高校生の頃。部活のコーチが乗って来ていたのが、青いメタリックの外装が美しいカワサキGPz750Rだった。当時は、まさか自分がバイク乗りに、ましてや限定解除して大型二輪に乗るだなんて想像もしていなかった。

text:小林ゆき [aheadアーカイブス vol.150 2015年5月号]

Chapter
vol.72 カワサキ GPz900R

vol.72 カワサキ GPz900R

▶︎1984年発売、世界初の水冷4バルブDOHC並列4気筒エンジンを搭載したスポーツモデル。ペットネームはNinja。その後のスポーツモデルの潮流を変えたエポックメイキングな一台。


やがてライダーとなり、Ninjaを買おうと決心したのは、大学4年の夏に3ヵ月かけて走った日本一周ツーリングの終盤だった。旅の相棒は250㏄のCS250だったので、一度ビッグバイクの世界も味わってみたかったのだ。

それだけではない。逆輸入車のGPz900Rを購入した一番の理由は、卒業後の進路も決まらないまま音楽の仕事を続けていたわたしにとって、女性としての自立とは何か、自問自答したからに他ならない。自分より小柄で年下の女性ライダーがZX-10を乗りこなしているのを見かけて、決意したのだった。

本当は中古車を探してもらうはずが、東京に戻って行きつけのバイク屋さんに行くと、そこには「小林様売約済」の札が下げられた新車のNinjaが佇んでいた。体力面や維持費など、逆車のNinjaを所有することは、21歳の女子には無謀な挑戦に思えた。

しかし、日本一周から戻ってわずか2週間後。1989年11月1日に納車された青いメタリックのGPz900Rの現在のオドメーターは3周目となり、総走行距離22万㎞を越えてなお現役でわたしの一番の相棒である。

いくら大事にしている相棒とはいえ22万㎞、そして26年も乗り続けていては、いつかは朽ちる。というわけで、カワサキがいつかは次世代のNinjaを出すだろうと待っていた。
そして昨秋、ふと見つけた謎のPV。正体の見えない、いわゆる〝ティーザー広告〟というヤツである。(こ、これは……!)ピンと来たわたしは、次々に公開されるティーザーPVにゾクゾクしながら、ベールが脱がされるときを待った。

カワサキが総力を上げ結集した技術を注ぎ込んだ夢のモデル、Ninja H2。世界初のスーパーチャージャー搭載市販モーターサイクル。歴史的な一台になるであろうH2が発表される様子を、ミラノショーまで見に行ってみた。

そして自問自答が始まる。果たして、これが次世代のNinjaなのか? なにより、わたしはすでに21歳の小娘ではない。このスーパーマシンを乗りこなすだけの体力が残されているのだろうか? わたしはこのマシンに相応しいライダーになれただろうか?

自問自答の答えは、来週に迫った納車にある。

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text:小林ゆき/Yuki Kobayashi
オートバイ雑誌の編集者を経て1998年に独立。現在はフリーランスライター、ライディングスクール講師など幅広く活躍するほか、世界最古の公道オートバイレース・マン島TTレースへは1996年から通い続け、文化人類学の研究テーマにもするなどライフワークとして取り組んでいる。
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