私の永遠の1台 VOL.14 ボルボ 240GL WAGON

アヘッド ボルボ  240GL WAGON

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今でもドキっとする。それは心臓を射抜かれるなんてセンセーショナルなものではなくて、もっとビターで淡い、後悔にも似た気持ちだ。

text:今井優杏 [aheadアーカイブス vol.174 2017年5月号]
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VOL.14 ボルボ 240GL WAGON

VOL.14 ボルボ 240GL WAGON

▶︎安全性を第一に掲げるスウェーデンの自動車メーカー、ボルボの代表的な存在。 1966年にデビューした140シリーズと共通部分を多く持つ240シリーズは1974年に正式発売。その後1984年に後継モデルの740シリーズが登場するが240も販売を継続。1993年の生産終了まで140シリーズから数えて事実上27年間生産された。


その昔、どうしても好きだった人がいた。何度忘れようとしても忘れられず、しつこいと嫌われたくなくて自分から連絡のひとつもできず、3ヵ月に一回ぐらい気まぐれに誘われたら喜び勇んで出掛けてしまう。そういう類のしょうもない、完全なる片思いだった。

むろん切なくて苦しくて、会うたび何度も想いを伝えたけれど、とうとう彼は私のじくじくと熟れきった熱情に応えてはくれなかった。そしてそんな重苦しい時期は、なんと4年にも及んだのだ。

今思えばなんと忍耐強いことか。誰かを好きになることなんて、どれも多かれ少なかれそういうものだけど、あの恋は特別だった。そう思えるのはきっと、悲恋に終わったからだ。

もちろん今やもうその彼に未練は微塵もない。だけど、私をいろんなところに連れ出してくれた彼の愛車、ボルボ 240GL ワゴンを見かけると、あの頃のひたむきな恋が蘇って来て、喉の奥がカッと熱くなる。叫びたくなるような、ふいに立ち止まってしまうような、なんというか郷愁にも似た想いが条件反射的に身体を一面に染め上げる。

そう、大好きだった。あのねずみ色にも似たブルーのボディーカラーのクルマでウチまで迎えに来てくれた。彼は音楽をアーティストに提供するような仕事をしていたから、彼のiPodにはいつもたくさんの音楽が入っていて、それをふたりして爆音で聴いた。

背中全体を包むソファーライクな大柄シートに背中を預けたら、それだけでほっと気持ちが緩んだ。エステートと呼ばれた広大なラゲッジスペースにはいつもたくさんの遊び道具が積まれていて、その中にはギターなんかも入っていて、時たま弾いてくれたりもした。

優しいブレーキのタッチ、ルーズなステアリングフィールを絶妙に操るところ。そう、彼は運転もとてもジェントルだったから、何も怖くなかったし、とても安らいだ気持ちで車窓と彼の横顔だけを眺めていられたのだ。

とある夜、一緒に見た東京タワー。彼越しに見るそれは、今まで見たどの東京タワーよりも切なく滲んで見えた。でもそれは、ふたりが友達以上に進めないと知っていた私の心が勝手にかけたフィルターのせいということも知っていた。

もう会うことはない、連絡先も知らない。いやらしく大人になってしまった今、あんな磨耗するような恋なんてもう二度と出来ないという意味でも、あのクルマに詰まった思い出はあらゆる意味で私の子供っぽさの最後の砦。忘れ得ない、永遠の一台だとおもう。

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text:今井優杏/Yuki Imai
レースクィーン、広告代理店勤務を経て自動車ジャーナリスト。WEB、自動車専門誌に寄稿する傍らモータースポーツMCとしての肩書も持ち、サーキットや各種レース、自動車イベント等で活躍している。バイク乗りでもあり、最近はオートバイ誌にも活動の場を広げている。
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