ひこうき雲を追いかけて vol.73 まるっと愛する

アヘッド 鎌倉市

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自動車メーカーからの案内を受けて試乗会に出掛けるのも私たちの主要な仕事のひとつである。現行型から次期型へ移行するいわゆるフルモデルチェンジに限らず、一部の仕様変更を伴うマイナーチェンジの際にも試乗会が行われることがある。

text:ahead編集長・若林葉子 [aheadアーカイブス vol.188 2018年7月号]
Chapter
vol.73 まるっと愛する

vol.73 まるっと愛する

マイナーチェンジを施されたクルマに試乗してみると、「うん、良くなった!」とはっきりその良さが実感できることも少なくない。一方、確かに改良点のひとつひとつに注目してみると良くなっていることは分かるのに、クルマ全体として見た場合、「なんか前の方が良かったなあ」と思ったりすることもあって、そういうときは、帰り道、なんでなんだろう? と首をかしげることになる。

似たような「なんでだろう?」は、編集の現場でも起きることがある。いや、若い頃にはよくあった。誰かの書いた文章に手を入れるとき、良くしよう、良くしようと悪いところを潰して行けば行くほど収拾がつかなくなったり、こちらの意図に沿うようにと手をいれれば入れるほどに、どんどんつまらなくなってしまったり。

なぜそうなるのかと言えば、そうする裏の心理は自分のエゴであり保身であるからなのだろうと思う。編集者にとってもっとも大切なことは、書き手の個性を見極め、その人の"素"の良さをどう生かすかを考えることだ。ある意味、原稿を発注するまでが勝負。あがってきたものが自分の意図するものと違った場合は自分の負け。あれこれケチを付けるのではなく、ではその原稿をどう生かすかを本気で考えることが肝要なのだ。

若いころの私は、誰かの書いた文章の内容や雑誌全体の中での位置づけよりも、その文章が日本語として正しいか、きちんと筋が通っているかといったことの方に気持ちが向いていた気がする。木を見て森を見ず…。

そういったことはおろそかにすべきではないが、体裁の整った文章が必ずしも人の胸を打つわけではないと今は知っている。多少つながりが悪かろうが、多少構成が下手だろうが、そんな理屈をものともせずに心を打つ文章があったりして、それがこの仕事の難しいところでもあり、醍醐味でもある。理屈は理屈に負けるが、情熱や想いや勢いは理屈などをはるかに上回ることがあるのだ。

我が愛車DS3は、理屈でせめると、お世辞にもいいクルマとは言えない、と思う。デザインは目を引くし、めちゃくちゃよく走るし、速いし。でも全体的にガサツなんである。減点法で細かい改良なんか始めちゃったら、あっちもこっちも手を入れなきゃならないだろう。でもそれをやるとDS3の持っているおおらかさや痛快さはスポイルされてしまうかも知れない。

世の中に完全なものなどそうそうあるものではない。クルマも文章も(そしてたぶん人も)大切なのは"素の良さ"だ。そういうものに出会ったら、欠点をあげつらったりせずに、まるっと愛する。そういう付き合い方をしたいものだ。

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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。
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