44year later 日本の道とジムニーと

アヘッド ジムニー

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44年前に出版された『軽自動車のすべて』。そこに掲載された初代ジムニーでのアドベンチャードライブのルートを辿るべく、著者とともに旅に出た。松本から安房峠を越えて飛騨高山へ。果たしてその顛末は…。

text:若林葉子 photo:山岡和正 [aheadアーカイブス vol.152 2015年7月号]
ひょんなことからジムニーで飛騨高山方面に行くことになった。きっかけは一冊の本だ。

『軽自動車のすべて』(ナツメ社・現在は絶版)。 初版は昭和46年の8月。今から44年も前のことである。本の中では、昭和30年から始まる軽自動車の歴史をひもとき、当時発売されていた軽自動車のインプレッションがあり、さらにこれからの軽自動車のあり方について予測し、後半にはドライブ記事なども掲載されている。今読んでも内容は少しも古びておらず、それどころか著者が予測した軽自動車の未来は、私たちの現状にぴたりと当てはまる。

この本を書いたのは菅原義正さんで、御年74歳にして現役のダカールラリードライバー。ご本人によれば、当時、光文社が月刊で発行していた男性向けの総合雑誌『宝石』に自動車のコラムを連載しており、その中から軽自動車に関する記事だけをまとめたのがこの『軽自動車のすべて』なのだそうだ。

そしてドライブ記事で登場したクルマのひとつがスズキ・ジムニー。初代ジムニーの助手席に女子大生を乗せ、「中部山岳の秘境を走破」するというアドベンチャードライブだ(ルートは次ページを参照)。

当時の道はどうなっているのか。どんな旅だったのか。もう一度、同じルートを辿ってみたら面白いのではないか。…というわけだ。
とはいえ、初代ジムニーを用意するのはさすがに無理。そこで、ジムニーパーツメーカーであり、新車ジムニーコンプリートカーも手がけるアピオの創業者であり現会長でもある尾上 茂さんに、大事に乗り続けているという23年前の2代目ジムニー(JA11C)を持ってきていただくこととなった。尾上さんは知る人ぞ知るジムニーの名手で、その昔、スズキ・エスクードでダカールラリーを完走した経歴の持ち主だ。

そして女子大生ならぬ尾上さんを助手席に菅原さんがハンドルを握り、いざ出発したわけなのだが。中央高速道を過ぎ、クルマから降りてきた菅原さんの第一声は、「あまりに助手席のシチュエーションが違いすぎて全く思い出せない」だった。珍道中の始まりである。

しかし、菅原さんの冗談は半分は本当で、なるべく当時と同じルートを設定しようとはするものの、当時とはシチュエーションが違いすぎるのである。中央高速道路は’71年当時はまだ全線開通しておらず、本によると、菅原さんは大月で下りて一般道を松本まで走っている。大月・松本間が約115㎞。正午に新宿を出て松本で午後4時。ここから平湯温泉まで行くには安房峠を越えなければならない。菅原さんは迷うのだ。

「行くべきか留まるべきか」長野県松本市と岐阜県高山市の間に立ちはだかる安房峠(国道158号)は大変な難所で、「土砂崩れや路肩の損壊によって通行不能となることもあるハードなコース」だったのだ。菅原さんは結局は女子大生に背中を押されてこの難所に挑むのだが、そのときの描写はこうだ。

『アクセルをいっぱいに踏みつけた。凸凹の山道がぐらぐら揺れたかと思うと、矢のように流れはじめた。まるで、いかだで激流を下っている感じだ。助手席のK嬢が悲鳴をあげはじめた。なにしろ、無数にある大小のくぼみを全部はよけきれないから、どうしてもK嬢はゴムマリのようにはずむことになる。(中略) 道の片側は崖、片側は梓川の急流である。もはや、車と大自然の格闘である。』

続けて『ここはもはや秘境、別天地なのである』と綴っている。40㎞先の平湯温泉まで約2時間半格闘し、安房峠を越えたのである。

ところが’97年に安房峠道路が開通すると、観光客の多い夏場には5時間以上掛かり、冬季には積雪などで通行できなかった安房峠越えがわずか5分に短縮されたのである。5時間から5分…である!

少しでも当時の状況を再現したいと安房峠の旧道を超えるつもりだったが、行ってみれば通行禁止。結局5分で安房峠を越えてしまったのだ。安房峠だけではなく、目指す林道はことごとく舗装され、せっかくのジムニーもなかなか勇姿をお披露目する場所がない。

当時、菅原さんがアドベンチャーを無事乗り切って、平湯温泉でほっと一息つきながら、人生で初めて食べたという朴葉焼きを前にして、私たちは彼我の違いを語り合った。

「昔は一般道だってほとんど未舗装だったからね。初代のジムニーも4速のマニュアルで、うんと低速に比重を置いていたから、今のジムニーみたいにスピードも出なかったんだよ」「道が良くなったのはいいことなんだけど、どんどんオフロードが少なくなって、ちょっと寂しいねぇ」

当時は2日目に向かった飛騨高山に、私たちはその日のうちに移動した。

『碁盤の目のようにきちんと縦横に走る道路と、その道路に面した格子作りの入り口をもった古い家並みが、私たちを歓迎してくれたのだ。』『人と車が極端に少ないから、町全体がひっそりしている感じである。特に上二之町、三之町などは古い家が残っていて、百五十年も前に建てられた酒問屋や、〝旅籠〟という感じのぴったりする宿屋や、めずらしい民芸品を売っている店などがあって、なぜかわたしたちはタイムマシンで江戸時代にきたみたいな幻想に襲われた。』

飛騨の小京都と呼ばれる高山市の街並みをこんな風に表現している。今は観光バスも出入りし、たくさんの人で賑わっている。ただし、40年以上経っても、この町はタイムマシンで江戸時代にきたような雰囲気を十分に味わわせてくれる。菅原さんは家々の〝出格子〟に興味を惹かれたようだ。

「当時もこの格子作りには気づいていたけど、それ以上は深く考えなかったねぇ。ここは城下町で陣屋もあるから、外からの備えの意味もあってこういう細かい格子作りを採用しているんだね、きっと」

きっちりと惹かれた縦と横の格子のラインは端正な構造美を感じさせてくれ、ジムニーの佇まいともとてもよく合う。

そうこうしているうちに、菅原さんと尾上さんの目の前を観光客を乗せた人力車が通り過ぎた。すると二人は人力車に近づいて行って屈みこみ何事かを話し込んでいる。聞いてみるとなんでも「人力車のスプリング」について話していたという。旅の途中、そういう風景はことあるごとに目にした。駐車場でクルマを停めれば、ジムニーのボンネットを開けてはあれやこれや。ジムニーの足元に潜り込んではあれやこれや。茶店で甘いものを食べながら、ラック&ピニオンとボールナット式のギア機構とステアリングの関係について図式を描いて説明してくれたり。

60を過ぎた尾上さんも、70を過ぎた菅原さんも、未だ現役。寝ても覚めてもクルマ、クルマ、クルマなのである。いじるのも好き、走るのも好き。だからクルマのことに関しては超一流、走れば誰も追いつけない。

44年前の道を辿ろうとした今回の旅。ほとんどそれは不可能だったのだが、それはこの40数年、日本がいかに急速に発展し、変化したかを物語るできごとでもあった。昔は身近に冒険があり、自然とそれに挑む精神力が生まれた。今は自分で作り出さなければ、冒険に出会うことさえ難しくなった。安全で便利になったのは間違いなくいいことだ。でも、40年前のような時代性が、菅原さんや尾上さんのような人を生み出したのもまた事実なのである。
菅原義正  Yoshimasa Sugawara(左)
HINO TEAM SUGAWARAで今もカミオンのハンドルを握る現役ダカールラリードライバー。ダカールラリー連続出場、連続完走のギネス記録保持者。74歳。

尾上 茂 Shigeru Onoue(右)
ジムニー専門ショップ・アピオの創業者。現会長。ダカールラリーにスズキ・エスクードで出場し完走した経歴を持つ。二人は毎年モンゴルラリーで雌雄を分かつ好敵手でもある。アピオのパーツやコンプリートカーは尾上氏自らが開発したものであり、故に信頼性が高く、ユーザーから高い評価を受けている。65歳。
●アピオのコンプリートカー『TS7』
コンプリートカーの見積もりなど詳細はアピオへ。
ジムニープロショップ アピオ www.apio.jp
住所:神奈川県綾瀬市吉岡651
電話:0467(79)3732
●初代ジムニー(1970年)LJ10
軽自動車初の本格四輪駆動オフロード車として発表される。空冷直列2気筒。2サイクルの359ccで4速MTであった。
●初代第2期(1972年)LJ20
エンジンが空冷から水冷に変更された。水冷になったことにより温水式ヒーターを得るなど、寒冷地を中心に販売台数を伸ばした。
●2代目第1期(1981年)SJ30
11年ぶりにフルモデルチェンジされた2代目。オフロードとオンロードの両立を謳い、女性ユーザーも意識するように。水冷直列3気筒2サイクル539cc。
●2代目第2期(1986年)JA71
2サイクルエンジンにかわり、電子制御燃料噴射装置及び4サイクルターボエンジンを搭載。550cc4サイクルターボと5速MTの採用によって高速性能にも余裕が生まれた。
●2代目第3期(1990年)JA11
軽自動車の規格拡大によって排気量が110ccアップされた。サスペンションとダンパーの見直しによって、乗り心地と操縦安定性が向上したと言われている。
●3代目(1998年〜) JB23
軽自動車規格の改正に伴ってフルモデルチェンジ。角形から丸みを帯びたデザインに大きく変更され、車体も大きくなった。幌モデルも廃止された。水冷直列3気筒4サイクルIC付きターボ658cc
●ジムニー特別仕様車ランドベンチャー
車両本体価格:¥1,580,040(5MT)、
¥1,691,280(4AT)(税込)
排気量:658cc
最高出力:47kW(64ps)/6,500rpm
最大トルク:103Nm(10.5kg・m)/3,500rpm
JC08モード燃費:14.8km/ℓ(5MT)/13.6km/ℓ(4AT)
駆動方式:パートタイム4WD
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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。

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