マイノリティの美学 〜115年続くハスクバーナ

アヘッド マイノリティの美学 〜115年続くハスクバーナ

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2015年にプロトモデルが発表され、昨年のEICMA(ミラノショー)で市販型が発表された「VITPILEN 701(ビットピーレン701)」は、今年前半には日本に導入される予定。絶滅寸前だったビッグシングル・ロードスポーツが新たに誕生するとあって世界中のシングルファンが注目している。

text:伊丹孝裕 [aheadアーカイブス vol.182 2018年1月号]

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マイノリティの美学 〜115年続くハスクバーナ

マイノリティの美学 〜115年続くハスクバーナ

スウェーデン南部、スモーランド地方にある小さな街〝HUSKVARNA〟をカタカナでどう表記するか。それは書き手によって異なり、フスクバルナ、フースクバーナ、ヒュースクヴァーナなど、実に様々だ。つまり、一致した見解があるようなメジャーな地ではない。

ただし、古い時代の呼称でもある〝HUSQVARNA〟と書かれていれば事情は異なり、特定のカテゴリーの人は迷うことなくそれを「ハスクバーナ」と読み書きする。

ここで言う特定のカテゴリーとは、主に農林業や縫製、2輪に関わっている人のことを指し、街の名は知られていなくともチェーンソー、ミシン、バイクといった工業製品を手掛けるブランド名として浸透しているのだ。現在はそれぞれが独立した企業体になっているものの、発祥は古く、創設には王室が深く関わるなど由緒も正しい。

1689年、当時のスウェーデン国王カール11世の命を受けて建設された銃器工場が社史の始まりであり、その地がハスクバーナだった。周囲には機械加工に必要な水源が豊富にあったために産業が栄え、地名そのものがブランドになったのだ。

そこで発展した加工技術は、やがて銃器製造から枝分かれして様々な分野へ派生していったが、銃口と照準器を模したロゴマークに創業の名残りを見て取ることができる。
そんなハスクバーナの根幹である鉄の鋳造や切削技術が、2輪へ転用されたのが1903年のことだ。現存する最古の2輪メーカーとして知られるロイヤル・エンフィールドの誕生が1901年であり、それに続くトライアンフとノートンが1902年、そしてハーレー・ダビッドソンがその翌年、つまりハスクバーナと同年であることを踏まえると、世界でも五指に入る古参ブランドのひとつがイタリアでもドイツでも日本でもなく、スウェーデン生まれだという事実に意外性を覚える人は多いだろう。

もうひとつ特筆すべきは、創業開始から現在に至るまで、空白期間をほとんど設けることなく2輪の開発と生産を継続してきたことだ。100年を超える2輪ブランドもそう多くはないが、その間、稼働し続けてきたとなるとハスクバーナの他にはハーレーしかない。特にヨーロッパのメーカーは時代の浮き沈みの中でことごとく休業や倒産を余儀なくされ、多くがそのまま消え去ったにもかかわらず、着実に歩み続けてきたのだ。

もちろん、ずっと安泰だったわけではなく、特に近年は継続か消滅かの岐路に幾度も立たされてきた。その度にカジバ('87年)、BMW('07年)、そしてピエラインダストリー('13年)といった企業の庇護を受け、イタリア、ドイツ、オーストリアと国さえも転々としてきたのだ。

しかしながら、そういう紆余曲折を経たブランドとして稀有なのは、それでもなおアイデンティティーが奪われることも失われることもなく、存在感を発揮し続けてきたことにある。

生産されるモデルも、それを手にするライダーも絶対数は多くない。ただし、いずれのモデルも他では替えが効かず、いずれのライダーもハスクバーナ以外の選択肢をまったく考慮しないほど深く入り込んでいる。そのため、基盤が多少揺らいだところで生粋のファンは決して離れなかったのだ。

また、特にピエラインダストリーがそうだが、ブランドを支える企業もそのことをよく理解している。スウェーデンが発祥の地であることを大切にし、機能のみならずデザインや質感にも秀でたプレミアムなイメージを堅持。効率やシェアをいたずらに追求せず、高い美意識を守ろうとしている。
ハスクバーナはそういうブランドゆえ、メジャーかマイナーかで言えば後者に当たる。それは、エキセントリックなモノ作りをしているからでも、アバンギャルドであることをウリにしているからでもない。大人が手にし、休日のひと時を過ごすのにふさわしい嗜好品だということに、まだ多くの人が気づいていないだけなのだ。

そもそもバイクを所有し、乗るという行為は日本ではそれ自体がマイノリティだ。だからこそ、ライダーは自分だけが知る快楽がそこにあることに満足を覚えながら走るのだが、もしもハスクバーナならその度合いがさらに深く濃くなり、ライディングプレジャーだけをピュアに突き詰めた世界に身を浸すことができるはずだ。

機能美と刺激で満たされた、その深淵には誰もが立てる。しかしながら、そこから踏み出せるかどうかでは大きな隔たりがあり、ライダーの審美眼が試されるブランドである。

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text:伊丹孝裕/Takahiro Itami
1971年生まれ。二輪専門誌『クラブマン』の編集長を務めた後にフリーランスのモーターサイクルジャーナリストへ転向。レーシングライダーとしても活動し、これまでマン島TTやパイクスピーク、鈴鹿八耐を始めとする国内外のレースに参戦してきた。国際A級ライダー。
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