日本の誇れる企業 vol.2 株式会社アライヘルメット

アヘッド 株式会社アライヘルメット

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F1ドライバー、MotoGPレーサー。時速300kmという世界で闘う彼らの多くが「指名」するメーカー、それがアライヘルメットである。プロが被るヘルメットの品質はそのまま、市販品にも適用されている。「一度被ったら手放せない」。一流選手をそう言わしめる製品の秘密はどこにあるのだろうか。

text:世良耕太 photo:長谷川徹 [aheadアーカイブス vol.119 2012年10月号]
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日本の誇れる企業 vol.2 株式会社アライヘルメット

日本の誇れる企業 vol.2 株式会社アライヘルメット

加速度センサーを内蔵した人頭型模型にヘルメットを被せ、引き上げる。ヘルメットの安全性を客観的に評価する「スネル規格」で定められている高さは3m6㎝だが、アライヘルメットでは3m20㎝まで持ち上げ、衝撃面に自由落下させる。

心臓がきゅっと縮まるような音を残して試験は終了。「ヘルメットを被せずに落下させた場合、30㎝程度の高さでも400Gに達します」と同社の上 幸一さんは説明した。最大加速度が300Gを超えると脳しんとうなど、脳に異変が起きるという。

スネル規格では同一箇所を2回打ち付けるが、1回目の試験で275Gを超えなければ規格的にはオーケー。だが、アライのヘルメットはスネル規格をはるかに下回る数値を示す。

規格の数値をクリアしたから良いとはアライは考えていない。3.06mの高さから金属面に向けて落下し、頭を打ち付けることなど、考えただけでもぞっとするシーンだが、衝突時の速度は28㎞/hにすぎない。

国内の高速道路でさえ100㎞/h、サーキットでは200㎞/hをゆうに超えるスピードで走る。「時速100キロで同じように打ち付けたら、どんなヘルメットでも持ちこたえることはできません」と上さんは言う。
では、どうするのか。衝撃を逃がすのだ。ヘルメットにフラットな面や突起があってはインパクトの際に衝撃を受け止めてしまう。だから、帽体は滑らかなフォルムにするのが鉄則。そうすれば、一発目の衝撃を上手にかわしてくれる。

ベンチレーション用の突起物は衝撃を受けた際に外れるよう接着してある。帽体の素材はF1の場合、規則で炭素繊維強化プラスチックの使用が義務づけられている。それ以外の2輪/4輪のモータースポーツ、公道向けはガラス繊維強化プラスチックが基本だ。

帽体が柔らかくてはインパクトの際に変形し、そこを基点に衝撃を受け止めてしまう。だから、強度を高くし、逃がす。そうして軽くした衝撃を帽体内部に収めた発泡スチロール製の衝撃吸収ライナーで分散・吸収する考えだ。

現代に通じるこのヘルメットの基本構造を確立したのは1957年のことで、アライヘルメットは日本におけるパイオニアに他ならない。バイクに乗るのが大好きだった先代社長(新井広武氏)が必要性と可能性を感じ、開発に取り組んだのがきっかけだった。

安全性を担保するためにも、滑らかなフォルムは譲れない。あるF1のトップチームは空力性能を向上させるために帽体の形状変更を依頼してきたそうだが、アライは言下に断った。持論を曲げてまで使ってもらう必要はないからである。
「使ってください、とこちらから頼むことはない」のが現在のアライヘルメットのポリシーだが、最初だけは例外だった。日産追浜ワークスの流れを汲む現社長(新井理夫氏)は、「世界一を目指そう」と'70年代半ばから積極的にモータースポーツに目を向けた。

国内では人脈をたどってユーザーを増やした(星野一義氏はそのひとり)が、目指すは世界である。真摯な姿勢が通じてアメリカのバイク界にも徐々にユーザーが増えていったが、アライのヘルメットを被り、‶アライ〟の名を世界に轟かせることになったのは、W・クーリー、そしてF・スペンサーだった。

翻って四輪の世界では、'80年代前半、国内のビッグレースに海外の一流ドライバーが参戦した。のちにF1で活躍する海外のドライバーたちは、多くの日本人ドライバーがアライを被っているのを見て、「オレのも作ってくれないか」と依頼してきた。

1984年にはウィリアムズ・ホンダのK・ロズベルグがアライを被り始めた。ワールドチャンピオンの影響力は大きく、翌'85年には20人のF1ドライバーのうち、7人がアライユーザーとなった。

2010年のカナダGP、マクラーレンのJ・バトンはフリー走行1回目でアライを試してみることにした。彼はそれまでヘルメットの締め付けによる頭痛に悩んでいたが、アライを被った途端、痛みが消えた。以後、アライを手放さなくなった。
帽体製造工程での厚みや重量チェックは抜き取りで行うのが一般的だが、アライは全品、二重チェックを行う。もともとはレース用ヘルメットの品質確保のために始めたシステムだが、「すべてのお客様に同じ安全性を提供したい」との考えから公道用ヘルメットにも適用している。

検査に合格した帽体には作業者の名前が入ったスタンプが押され、塗装工程に移る。衝撃吸収ライナーが接着されれば見えなくなるが、隠れたその名前こそが、安全性に対する責任と誇りを象徴している。
▶︎ヘルメットができあがるまでの工程はほぼ手作業と言ってもいい。みな、自分で被るヘルメットをつくっているような気持ちで作業している。できあがったヘルメットには作り手のそんな気持ちが込められているのだ。
株式会社アライヘルメット
創業:明治35年(1902年)
法人設立:昭和25年(1950年)
代表取締役社長:新井理夫
URL: www.arai.co.jp/jpn/top.html

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text:世良耕太/Kota Sera
F1ジャーナリスト/ライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『F1機械工学大全』『モータースポーツのテクノロジー2016-2017』(ともに三栄書房)、『図解自動車エンジンの技術』(ナツメ社)など。http://serakota.blog.so-net.ne.jp/
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