F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Vol.31 排気量の変遷

Vol.31 排気量の変遷

アヘッド F1

▶︎最高回転数を高めてパワーを向上させつつ、軽量化を追求するのが、自然吸気に一本化された1989年から2005年までのエンジン開発だった。軽ければ軽いほど、運動性能の向上に寄与するからだ。当初、160kg前後あったエンジン重量は、パワーと信頼性を向上させながら90kg以下になった。これがF1の技術力。2006年以降は開発コスト高騰を防ぐ目的で95kg以上と定められている。


1950年から簡単に変遷を振り返っておくと、当初は自然吸気が4.5ℓ、過給機(スーパーチャージャーやターボ)付きが1.5ℓだった。吸排気系チューニングの進歩によって自然吸気エンジンの出力が大幅に向上したので、これを受けて1954年に自然吸気ユニットの排気量が2.5ℓに縮小された。

1961年には安全性向上を名目に自然吸気の排気量を1.5ℓとしたが、さすがに行き過ぎだったらしく参戦コンストラクターに不評で、1966年に自然吸気3ℓ、過給機付き1.5ℓに見直された。

1967年にはコスワースが3ℓ・V8自然吸気の名機『DFV』を送り出した。リーズナブルな価格にもかかわらず高性能だったため、19年に渡って多くのチームに愛された。だが、台頭するターボ勢に飲み込まれ、姿を消した。

そのターボエンジンで先鞭を付けたのがルノーで、旋風を巻き起こしたのはホンダだった。1984年以降は出力向上とコスト高騰を抑えようと、過給圧や搭載燃料の制限が段階的に加えられた。

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その一方で、1987年には自然吸気エンジンの排気量が3.5ℓに引き上げられた。ターボと自然吸気の性能差を縮める狙いだったが思惑どおりにはいかず、1989年にターボ(を含めた過給機)は禁止され、3.5ℓ自然吸気に一本化された。

1988年、ホンダ製1.5ℓ・V6ターボを積んだマクラーレンMP4/4は、アイルトン・セナとアラン・プロストのドライブによって16戦中15勝を挙げ、シリーズを制した。1980年代のターボの隆盛とホンダの活躍は、完全にオーバーラップする。

1994年はセナの事故死を含め、重大事故が相次いだ。これを受け、1995年から排気量は3ℓに縮小された。2006年には2.4ℓ・V8フォーマットに切り替わった。3.5ℓに対して排気量は3割強、3ℓに対して2割減ったが、F1エンジンは短期間に失った馬力を取り戻した。性能向上の手段は回転数の上昇である。

例えば、1992年にホンダが投入した3.5ℓ・V12の最高回転数は14,400rpmだったが、2006年の2.4ℓ・V8は19,600rpmに達していた。この間、リッターあたりの出力は約40%向上した。排気量が小さくなったのなら、短い時間にたくさん燃料を燃やしてパワー(=仕事量)を稼ぐ発想である。

2.4ℓ・V8エンジンは2007年に19,000rpm、2009年に18,000rpmと、最高回転数に制限が設けられて現在に至る。回転数が低くなったとはいえ18,000rpmである。これがリッターあたり300馬力以上を絞り出すヒミツだ。世界で最も高い回転数を誇るレーシングエンジンであることに変わりはない。

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text:世良耕太/Kota Sera
F1ジャーナリスト/ライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『F1機械工学大全』『モータースポーツのテクノロジー2016-2017』(ともに三栄書房)、『図解自動車エンジンの技術』(ナツメ社)など。http://serakota.blog.so-net.ne.jp/

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