15年ほど前に乗っていた1987年式シトロエン 2CV6 チャールストンは、不便さを楽しむクルマで悟りの境地へ連れて行ってくれた。オーナーズレビュー
更新日:2024.09.09
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暑い、寒い、遅い、何も付いていない。だけど、それをすべて受け入れた時、シトロエン2CVの楽しさに気づくのだ。
文/写真・遠藤イヅル
文/写真・遠藤イヅル
成り立ちは農作業をする人たちのため....優しさから生まれたクルマ
15年ほど前、シトロエン2CVに乗っていたことがある。シトロエン2CVとは、BLミニ、VWビートル、スバル360と並び、戦後の混乱期、復興期における民衆の生活を支えた大衆車の一翼として知られる。
2CVは、その誕生の経緯自体が有名だ。戦前のとあるフランスの農村で、当時のシトロエン副社長・ピエール・ブーランジェが、農民たちが手押し車や牛馬で荷物を運んでいる光景を目にしたことで、50キロのジャガイモが運べ、時速60キロを出せて、かごに満載した卵をどんな悪路でも割らないほど乗り心地が良いこと…などの条件をエンジニアに出した。それが、2CVのベースになっている。
1939年に試作車が完成した後、戦時下でもひっそりと開発は継続され、戦後の1948年、パリ・サロンで2CVは発表された。パリ・サロンに出席した時の大統領は、開発条件に「形状は問わない」とされた結果、機能がそのままカタチになった“ブリキ細工”のような2CVを見て驚いたが、このクルマのターゲットである農民たちは、2CVの価値を真っ先に見いだした。
そして、瞬く間に2CVはフランス全土を埋め尽くした。2CV開発の原動力は、シトロエンが小型車を持っていなかったから、という経営判断があったのは間違いない。だけど、それでも、農民の生活を楽にしたい、というその経緯にシトロエン2CVが見ても乗っても優しい理由が潜んでいると思う。
2CVはその後エンジンを拡大し、脚回りや車体に改良を加えつつ、登場時の姿や設計を多く引き継いだまま、1990年まで生産された。僕の2CVは1980年代に限定車がカタログモデルになったチャールストン、年式は1987年型だった。カタチが完全にクラシックなので、近所からは「すごく古いクルマが来た」と思われていたようだ(笑)。
夏は「走る海の家」、冬は「走るこたつ」"何も付いていない"ということは自然を感じるということ
僕が2CVに感心したのは、「どうやったらここまで簡単なつくりにできるんだろう」という潔さだった。エンジンは空冷のフラットツイン、ボンネットは波板で強度を出した1枚板、椅子はパイプに布をかけただけなど、部品をいかに減らすか、そしていかに簡潔に設計するかということに心血と努力が注ぎ込まれている。
だから、2CVには本当に何も付いていない。窓だってパタンと上に開くだけだし、前面のベンチレーターも、開ければそのまま前が見えて、雨さえ入ってくる。ドアの開閉ノブでさえただの棒。「何も付いていない」という常識以上に、装備がない(笑)。だけど、優れた乗り心地と、疲れにくいシートはいたって快適で、音、振動に慣れてしまえば(我慢ともいう)、遠出だって余裕でできた。
エンジンは602ccしかないが、軽い車体には案外十分。だが、問題は暑さだった。2CVは後ろドアの窓も開かないから、夏は本当に厳しい。屋根がホロだから開ければ、と思うけれど、開ければ日光で暑い。そのため屋根にはスダレをかけた。暑さは、多少和らぐ。「走る海の家」っぽくなるが、実はこれ、夏の2CVでは定番だったりする。
一方、冬は冬で寒い。隙間風は盛大に入ってくるし、空冷エンジンだから、暖房が効きにくい。外の寒さに対して、暖房を有効に生かしたくなる。そこでダッシュボードの棚にブランケットを洗濯バサミでくくりつけ、膝にかける。すると今度は「走るこたつ」に早変わりだ。夏は暑く、冬は寒いという当たり前を知らされるクルマだった(笑)。
雨も風もしのげる....クルマなんてこれでいい....2CVの魅力は「達観」であり、「不便を楽しむ」クルマ
そんな、いわば農具、民具のようなクルマに、無理してまで乗ることないじゃない?って言われそうだけれど、2CVの魅力に、「達観」があるように思う。現代の水準では、2CVは非力だし、あまりに無装備だ。でも車輪が4つあって、それなりに走って、雨がしのげるのだから、これはもう立派な「自動車」ではないか。「クルマなんてこれでいい」と受け入れられれば、クルマに対して「仙人」のような気分になれる。この不便極まりないクルマに乗ることは、ある意味で「クルマへの悟り」「達観」を開くようなものかもしれない。
それに気がついてしまえば、2CVはとても楽しかった。カーブではひどく傾くし、絶対的に遅いし、ブレーキも弱いから、どうやったら同乗者を酔わせず、現代の交通速度に乗って走れるかに腐心する。それは一種の頭脳プレイでもある。暑さ、寒さに対しても、いかに快適に過ごせるか、考えるようになるものだ。2CVは、「不便を楽しむ」クルマなのだ。
もう一度暮らしたい、そんな一台
僕は2CVに出会って、クルマへの価値観を大きく変えた。いや、以前から持っていた価値観をブーストしたとも言える。
その価値観とは、クルマに対して最小限、走るのに困らないパワーと装備があればいい、という考え方。現在なら、エアコンとパワーウインドウ、パワステ、オーディオ、そして予防安全装備があれば充分と思う。しっかり走り、曲がり、止まるという基本を大切にし、快適な乗り心地とファンなドラインビングプレジャー(実はこれも大切)があればいいのではないか。
わけあって2CVは降りてしまったけれど、今でも、ガレージにちょこんと置いておきたい、という気持ちは消えることがない。2CVと過ごすと、「何も付いていない」ことがもたらす“スッカラカンの自由”が一緒についてくる。あの自由さと、もう一度暮らしてみたい。
遠藤 イヅル | IZURU ENDO
1971年生まれ。東京都在住。小さい頃からカーデザイナーに憧れ、文系大学を卒業するもカーデザイン専門学校に再入学。自動車メーカー系レース部門の会社でカーデザイナー&モデラーとして勤務。その後数社でデザイナーやディレクターとして働き、独立してイラストレーター/ライターとなった。現在自動車雑誌、WEBで多数連載を持つ。イラストは基本的にアナログで、デザイナー時代に愛用したコピックマーカーを用いる。自動車全般に知識を持ち、中でも大衆車、実用車、商用車を好む。これまで所有した19台のうちフランス車は13台。現在の愛車はプジョー309とサーブ900。