ビートルとミニは長い歴史でどう変わった?

20世紀の自動車のアイコンであり、現代もDNAが受け継がれているVWビートルとミニ。すでに半世紀以上続いてる両ブランドは、長い歴史の中で着実に進化を遂げています。今回は、両モデルの足跡を辿ってみました。

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多くの大衆車のランドマークとなった“カブト虫”
英国を救った小さな名車

多くの大衆車のランドマークとなった“カブト虫”

Volkswagen beetle タイプ1

未だに自動車ファンの心を魅了してやまない、フォルクスワーゲン・ビートル。初代ビートルの正式名は「フォルクスワーゲン・タイプ1」でした。ポルシェの創業者であるフェルディナント・ポルシェ博士が開発した名車です。

このクルマが生まれたドイツは、まだ第一次世界大戦の敗戦を引き摺っていた難しい時代でした。時の治政者であるアドルフ・ヒトラー首相は国民の生活向上をスローガンに掲げ、1家族1台のクルマ生活というのもマニフェストのひとつでした。これにポルシェ博士の大衆車構想が合致し、生まれたのがタイプ1だったのです。フォルクスワーゲンとはドイツ語で“大衆車”。つまり、このクルマは大衆車1号というわけです。

しかし、タイプ1は第二次世界大戦の勃発により、実際にはモータリゼイションに寄与することはありませんでした。一部の特権階級への供給や軍用車に転用されただけで、本当に大衆車になったのは戦後のことです。

1945年にイギリス人主導で大量生産が本格化し、50年代に入ると米国など世界に輸出。瞬く間にタイプ1は成功をおさめ、コンパクトなのに室内は広く、燃費がいいクルマとして世界で愛されました。カタチがカブト虫に似ているということから、“ビートル”の愛称で親しまれまれたのです。

タイプ1は2003年にメキシコで最終車が造られましたが、2,153万台生産という偉業を達成して、そのモデルライフを終えました。名車の誉れ高いこのクルマも、21世紀のクルマに求められる安全性能や環境性能を満たすことができなかったのです。

タイプ1と同じメキシコのVW工場で、1998年に生産を開始されたのが「ニュービートル(2代目)」です。このモデルは、当時のゴルフⅣと同じプラットフォームを使って設計されました。先代のデザインを色濃く残し、現代のデザインヘリテイジのムーヴメントを牽引したクルマでもありました。

ただし、もともとRR(リアエンジンリアドライブ)だったタイプ1のデザインをFF車に無理矢理押し込んでしまったため、様々なところに弊害が出てしまったのです。空力性が悪いのも、ニュービートルの弱点でした。さらに燃費性能や安全性の面で、急激に進む変化に対応しきれず、結局2010年で生産が打ち切られました。

その後を継いだのが2011年に登場した3代目の「ザ・ビートル」です。3代目は先代の様々な弱点を改善すべく、ボディをサイズアップ。一方で空力性能を改善したために全高が低くなり、ビートルでありながらビートルでないというフォルムが賛否両論を呼びました。

ただし中身は「21世紀のビートル」を標榜しただけあって、完成度が高いものでした。まあビートルだし…という割り切りはなく、他のVWラインナップにひけを取らない現代的なドライブフィールを実現しています。

パワーユニットはターボエンジンの他、優れた環境性能のブルーモーション・テクノロジー・エンジンも搭載。安全装備ではVWオールイン・セーフティを採用しており、先代よりも格段に安全性が進化しています。

英国を救った小さな名車

ローバー社 ミニ

VWビートルと並んで、20世紀に名車に数えられているのが、ミニです。ミニには2つの系譜があり、1959年から2000年まで生産されたモデルが「Mini」や「クラシックミニ」と呼ばれ、その後2001年から生産されているモデルは「MINI」「NEWミニ」「BMWミニ」と呼ばれています。

初代のMiniが生まれた1950年代のイギリスは、スエズ動乱によって発生したオイルショックに陥っていました。貴族や富裕層は別にして、大衆層は高いガソリン代に苦しみ、クルマを稼動させるのが難しくなっていたのです。そのため、イギリス人の多くは、西ドイツで生まれた「バブルカー」と呼ばれる簡易自動車を所有していました。

バブルカーは戦争の復興途上の西ドイツやイタリアで生まれた2人乗りの小さな自動車で、メッサーシュミット・KR200やBMW・イセッタに代表されるカテゴリーです。居住スペースに3輪と、200〜400ccの2サイクルエンジンを付けた粗末な造りでした。ボディに対して大きな風防が付いた形状が泡に似ていることから「バブルカー」と呼ばれたのです。

けたたましい排気音を発生し、安全性も低かったバブルカーは、現在こそカーマニアに人気ですが、当時のイギリスでは侮られる存在だったのです。そこで当時、ブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)にいたエンジニアのアレック・ イシゴニスは「イギリスから醜いバブルカーを無くしたい」という想いから新型車を開発。それが1958年に生まれた「Mini マークⅠ」です。

このクルマは当時としては革新的なメカニズムを持っていました。燃費を抑えるために小型のボディを採用していましたが、車内が狭くなるのを嫌って、当時では画期的な前輪駆動(FF)レイアウトを採用していたのです。

またサスペンションもユニークでした。ダンパーとコイルスプリングを設置するスペースがないため、代わりにアレックス・モールトン(モールトンサイクルの生みの親)が考えたゴムのサスペンション「ラバー・コーン・サスペンション」を採用して、省スペースを実現していました。

こうしたアイデアや斬新なメカニズムにより、わずか3m強の全長の中に850cc直4エンジン、そして4名が乗れる居住空間とトランクルームを備えるという驚くべき高効率なクルマが生まれたのです。

コンパクトで小回りが利き、重量が軽いMiniはモータースポーツでも注目され、ジョン・クーパーによってチューニングされたスポーツバージョン「クーパー」も誕生。世界ラリー選手権のモンテカルロラリーでの活躍は、いまや伝説となっています。

初代Miniはボディサイズやエンジン排気量アップ、各部の小変更などのモデルチェンジを経て、10世代まで生産されましたが、母体企業の経営悪化や安全性改善の流れなどが影響して、2000年にその歴史を終えました。ただ、今でもモータースポーツシーンやカスタムの世界では愛され続けています。

ちなみにMiniにはベーシックな2ドアモデル以外に、バンやステーションワゴン、ピックアップトラックなどの派生モデルも造られています。またミニをベースにしたホーネットとエルフというセダンもありました。

Miniを最後に製造していたのは、ローバー社ですが、ローバー社は「Mini」ブランドをBMWに売却。そのBMWがMiniをフューチャーして造ったのが、現在の「MINI」です。

当時のBMWは、FFもコンパクトカーもラインナップに持っていなかったため、すでに十分なブランド力を持った“ミニ”を使った背景があります。もちろん、従来のMiniでは現代のニーズには応えられないという部分もありました。

3,525mmという全長で2001年に登場したMINIは、当時のファンから「全然ミニじゃ(小さく)ない」と揶揄されましたが、BMWらしい堅牢なシャシーと、1.4ℓ自然吸気(NA)エンジン&1.6ℓスーパーチャージャーエンジンという2種類のパワーユニット、そしてヘリテイジデザインながら新鮮みのあった内外装デザインがたちまち人気に。

その後、2006年と2016年にマイナーチェンジを実施し、着実に進化を遂げています。ボディバリエーションも3ドアハッチバックとコンバーチブルに加えて、ワゴンやクーペ、ロードスター、クロスオーバー、5ドアなど次々と追加し、魅力的なMINIワールドを構築。

昨年7月には初のPHVが登場した他、今年3月には3/5ドア、コンバーチブルでマイナーチェンジが実施され、さらに魅力的なMINIワールドを拡大中です。

イギリスの石油不足という危機から生まれたMiniですが、楽しさという遺伝子がMINIに受け継がれ、いままた違う花を咲かせています。ザ・ビートルもMINIも、そのアイデンティティを次世代にどう受け継いでいくのか、今から楽しみでなりません。