マークⅡの海外仕様車「クレシーダ」とはどんな車だったのか?

クレシーダをご存知でしょうか。その名前からしてクレスタ同様マークⅡの姉妹車であることは想像しやすいかもしれませんが、あまり耳慣れない車名かもしれませんね。なじみの薄いクレシーダ、それもそのはずマークⅡの海外仕様車そのものでした。

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日本の人気車マークⅡは海を渡っていた
二代目はセダン、ワゴンがメイン
三代目はハードトップ復活、エンジンは3リッターも
北米トヨタブランドにおける最高級車種

日本の人気車マークⅡは海を渡っていた

マークⅡ、クレスタといえば日本における上級セダンとして人気の高い銘柄でしたが、意外にもこのクルマ、海を渡って海外でも活躍していました。しかも日本からの輸出のみならずアフリカ大陸での現地生産などもさかんに行なわれて、北米をメインに、時に欧州でも販売されていたといいますからちょっと驚きです。

初代のクレシーダは30/40型をベースにしたもので、もちろん左ハンドル化に加え、現地の法規に則った専用大型バンパーや車幅灯を装着。日本で走るマークⅡとはちょっと異なった雰囲気を身に纏っているクレシーダでした。

エンジンは4M型2.6リッター直列6気筒をメインに、18R型2リッター直列4気筒を載せたモデルも展開されていたそうです。

二代目はセダン、ワゴンがメイン

二代目クレシーダからは日本同様2ドアハードトップが消滅し、セダンとワゴンのみという構成となりました。日本にあった4ドアハードトップは導入されず、正統なセダンとして展開されていたということがわかります。スタイリングはよりエッジの効いたスクエアなデザインで、どこかアメリカ車をイメージさせるところがあります。

搭載されるエンジンも直列6気筒がメインに。排気量は2.8リッターの5M系。ちょうど上級車種であるクラウンやソアラ、セリカXXなどに搭載されたツインカムの5M-GEや国内マークⅡにもあったシングルカムの5M-Eが載せられていたようです。

三代目はハードトップ復活、エンジンは3リッターも

三代目クレシーダ X70系は日本でおなじみの五代目マークⅡ。バブル期にハイソカーとして人気を博したあのモデルです。

この代からは4ドアハードトップが追加されました。ただし国によってそのラインナップは異なり、北米とヨーロッパではセダンとワゴン、中東などではそれに加えて4ドアハードトップという組み合わせ。オーストラリアはセダンのみでした。

三代目のエンジンラインナップは4気筒1800から最大で6気筒3リッターまで用意され、かなりワイドなバリエーションが展開されていた模様。日本におけるツインターボエンジンこそありませんでしたが、数多くのバリエーションが設定されていたようです。

北米トヨタブランドにおける最高級車種

四代目クレシーダはX80系。このモデルが結局のところクレシーダとしては最終型となってしまうわけです。ボディバリエーションはセダンのみ。エンジンは7M-GE型、3リッターエンジンが搭載されていました。これは80系マークⅡにも国内で設定のあった組み合わせです。

さてこのクレシーダ。クラウンは日本国内専用、セルシオはレクサスブランドとして輸出されましたから、意外なことにクレシーダは、北米での「トヨタ」の最高級車種だったのですね。

しかしニーズの多様化、または更なる高級志向、もっといえば日本の5ナンバーサイズをそのまま高級車種としては、人も道もクルマも日本とスケールの異なる北米では充分な満足は得られなかったのかもしれません。また日本でも3ナンバー化のブームが発生していてマークⅡも90型からは3ナンバーボディとなりました。しかし、この代からはクレシーダとしての輸出は取りやめとなり、他の銘柄にその座を譲ることとなりました。

それはレクサスES、日本名ウインダムであったり、よりサイズアップしたカムリがその代役となっていたようなところもありましたが、本格的にクレシーダの後継車種と呼べるクルマはもしかすると1995年登場のアバロンだったのかもしれません。

アバロンはクレシーダとは異なりFFですが、アメリカ人の好むこのレイアウトであり、なおかつゆとりあるサイズと室内、V6エンジンの静かで滑らかな走りなど、新しい世代の、北米におけるトヨタの高級車として相応しい存在と言えるかも知れません。

クレシーダを輸出していたのはほかに適切なモデルが存在しなかったからでしょう。しかし本格的に各国のニーズに合わせたクルマ作りを行なう課題の中で、次第に日本と同じサイズのものを輸出して商売することに無理が出てきたという面があるはずです。

クレシーダは言うなれば日本がまだ高級車で本格的に世界に打って出る前の前哨戦のような存在だったのかもしれませんね。