生産台数9台のみ?"2300cc"エンジンを積む幻の"トヨタ 2000GT"とは?

言わずと知れた日本を代表するスポーツカー、トヨタ2000GT。現在では稀少性から超プレミアムカーになっているのは、周知のとおりです。この2000GTには、販売されなかった2300ccモデルが数台あるそうです。試作しておきながら、販売には至らなかったウラには、どういう事情があったのでしょう。

Chapter
トヨタ2300GTとは?
ヤマハとの奇妙な?関係
幻の2300ccエンジンの正体とは
何故「幻」となってしまったのか…
高嶺の花であり続ける2000GT…

トヨタ2300GTとは?

トヨタ2000GTの生産台数は337台で、うち国内販売が218台、日本国内に現存しているのは100台前後とも言われています。それゆえに、状態の良いものは1億円のプライスが付くほどで、文句なしのプレミアム・ヒストリックカーとなっています。

1967年に発売され、1970年に生産を終了したトヨタ2000GTのエンジンは、すべて直列6気筒DOHCの2.0L。しかし、数台のみ2.3Lエンジンを搭載したモデルが存在していたのです。その名も「トヨタ2300GT」。 

ただでさえレアな2000GTに、さらにレアなモデルいうことになりますが、一体どんな理由から作られたのでしょう?

ヤマハとの奇妙な?関係

トヨタ2000GTを語る際に欠かせないのが、ヤマハの存在です。よく「2000GTは実際はヤマハが作った」という噂を聞きますが、どうなのでしょう。

事実、ヤマハは2000GTのもととなる、スポーツカーのコンセプトをトヨタに持ち込んでいます。当時からヤマハは、トヨタ以外にもスポーツカーの企画を提案するなど、高い技術力を持っていたのです。

しかし、4輪車を販売するチャンネルを持っていないこと、自社製作するにはリスクが非常に大きいといった理由から、技術供与によってカタチにした、と見るのが事実に近いのではないでしょうか。実際にボディの成形や塗装には、楽器(ピアノ)で培った技術が応用されているそうです。

エンジンに関しては、トヨタのM型エンジンをツインカム化させています。1960年代において、ヤマハは多方面で高い技術を持っていたことがうかがえます。当時のトヨタは販売能力はあっても技術面が十分でなかったため、ヤマハとの関係を築いていったのではないでしょうか。

その関係は現在も続いており、レクサス製スーパーカー LFAにおいても、ヤマハの技術力が随所で発揮されています。

幻の2300ccエンジンの正体とは

さて、そんな2000GTの2.3リッターバージョンですが、お台場にある「MEGA WEB」で見ることができます。

エンジンは、直列6気筒SOHCの2,253cc。北米向けのクラウンとコロナマークⅡ用の2M型を基本に、ソレックスツインチョークキャブレターを3連装した2M-B型です。

さらに興味深いのは、この2000GTが左ハンドル仕様ということです。つまり、俗称「2300GT」は、北米輸出を念頭に置いたモデルだったのです。

開発は、ヤマハ側がトヨタに対して提案する形で進められ、北米市場向けの廉価版としての展開を想定していたようです。しかしトヨタの内部の反発により、計画はとん挫してしまいました。

なぜ、SOHCの2300ccエンジンにしたのか。それには諸説あり、「北米では複雑なDOHCエンジンはメンテナンスできないため」や「排ガス規制をパスするため」などと言われています。

1970年にアメリカでは「マスキー法」が成立しています。これは1975年までに排出ガス減少技術を完成させ、既存自動車排出ガス水準の10分の1まで自動車排出ガスを減少させようとするものでした。

石油危機やさまざまな社会事情から棚上げにされていったのですが、当時としては厳しくなる大気汚染防止法にどう対応するか、というのが自動車メーカーとっての大きな課題であったため、2000GTの排気量アップも排ガス規制対策と見るべきかもしれませんね。

実際に、この2.3Lエンジンの排気経路には、エアポンプからフレッシュエアを送ることで排気ガスを薄めるシステムが装備されていました。

何故「幻」となってしまったのか…

トヨタ 2000GT

トヨタ2000GTの新車価格は238万円でした。

これは高級車であるクラウンが2台、カローラなら6台買える価格でもありました。現在の価格に置き換えると約2,000万円前後とも言われます。

それだけ高額だったので、数をさばいて利益を上げることは難しく、また生産コストの面でも当初から赤字計上だったようです。いわばフラッグシップモデルですから、コストは広告費込みといったところでしょうか。

一方で、ヤマハにとっては、北米輸出に向け増産することになれば、メリットが大きかったと考えます。ヤマハからの打診というのはそうした思惑があったのでしょう。

あくまで筆者の憶測ですが、採算が合わないクルマを増産するのはリスクが大きすぎる、とトヨタ側が判断し”幻”となったのではないでしょうか。

高嶺の花であり続ける2000GT…

結果的に超稀少車となり、プレミアム価格で話題を振りまく2000GT。

廉価版によってその価値は薄まることなく、高嶺の花であり続けたことで、現在の価値が生まれたといっても過言ではないでしょう。ですから、これで良かったのかもしれませんね。