道とクルマと未来のコト

地球環境への配慮、高齢化社会への対策。私たちは今、否応なくそれらの問題と向き合わなくてはならない。どうしたらクルマの魅力を失わず、誰もがハッピーになれる未来を描けるか。自動車先進国ヨーロッパに、ヒントはありそうだ。

text:森口将之 photo:長谷川徹、森口将之、RENAULT [aheadアーカイブス vol.127 2013年6月号]

Chapter
道とクルマと未来のコト
ヨーロッパの真実
新しいから楽しい
ルールとマナー

道とクルマと未来のコト

アヘッド 道とクルマと未来のコト

日産モビリティコンセプト

ヨーロッパの真実

アヘッド 道とクルマと未来のコト

日本のクルマ好きで、ヨーロッパ車に憧れている人は多い。最大の理由として、何時間走り続けても飽きることがなく、何時間乗り続けても疲れ知らずという、走りの良さを挙げる人が多いことは間違いない。何を隠そう、僕もそのひとりだ。
 
ただその中には、ヨーロッパ車の走りのレベルが高い要因として、彼の地の道路がクルマにとって恵まれた状況にある、つまりクルマ天国だからだと主張する人がいる。
 
他の日本人よりも少しだけ、欧州の都市事情や道路状況を目にしてきた人間として言わせてもらえれば、それは大きな誤解だ。ヨーロッパは必ずしもクルマ天国ではない。
 
たしかに日本よりスピードは出せる。制限速度は高速道路で120〜130㎞/h、一般国道でも100㎞/hという国が多い。さらにドイツのアウトバーンは、環境保護団体からの反対を受けつつ、いまだに一部区域で速度制限を設けていない。
 
しかも都市を抜け出せば、道は空いていて気持ち良く飛ばせるし、交差点は信号の代わりにラウンドアバウトを使うので、止まらずに進める。標識には数多くの地名が記されているので、初めての土地でも迷わずに行ける。たしかに走りやすい。

ところが都市の中心部に乗り入れると、逆に制約が多いことに気付く。郊外の幹線道路でも街や村に入ると50㎞/hに落とされ、大都市の裏通りではゾーン30といって、30㎞/h制限を敷いている場所が多い。旧市街の繁華街は歩行者専用道路としてクルマの進入を禁じたり、ロンドンのように通行税(ロードプライシング)を課すことで交通量を減らしている例もある。
 
自転車道やバス専用レーンの整備も進んでいる。日本では時代遅れの乗り物と見られることも多い路面電車を、新たに敷設した都市さえかなりある。おかげで数年前は2車線だった道が今は1車線、なんてところはざらだ。サイクルシェアリングやカーシェアリングも目立つ。クルマも自転車も、自己所有だけでなく、共同利用というスタイルが広がっている。
 
一方、地方の町や村では、軽自動車よりさらに小さなクルマ、いわゆる超小型モビリティも目にする。高速道路は走れない代わりに、免許なしで乗れるので、高校生から高齢者まで幅広い層に愛用されている。たしかに近所の移動ならこれで十分だ。
 
ヨーロッパも日本やアメリカと同じように、1960年代に大気汚染が問題になりはじめ、自動車の排気ガスがその元凶と結論づけられた。ところがその後の対応は違った。まず排ガス規制が実施された日米に対して、彼の地ではその前に「交通の再配分」が行われたのだ。

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クルマの排気ガスが大気汚染を引き起こしたのは、クルマが多すぎたからだ。それなら移動の一部を他の乗り物で置き換えていこうという考えなのである。

とりわけ大気汚染が酷かったのは大都市だ。そこで自転車道を整備して自転車の利用を促進し、バスレーンを設けてバスの定時運行を助け、利用を増やそうとした。さらに地下鉄より安く敷設できるうえに、バリアフリーでもあることから、路面電車を復活させていった。

一連の取り組みは、大気汚染の軽減以外にも目的があった。駐車場に割いていた空間を減らし、土地の利用を効率的にすることや、住民を都心に集めることで、ゴミ収集などの住民サービスの費用を減らすことも理由になっている。

郊外はどうか。こちらは人口が少ないので、鉄道はもちろん、バスでさえひんぱんに走らせるのが難しい。だからクルマの機能性は維持しつつ、必要最小限までダウンサジングすることで、環境負荷を抑えた。これが超小型モビリティだ。

つまり「交通の再配分」とは、乗り物の選択肢を数多く用意し、目的に応じて使い分けてもらうことで、結果的にクルマ依存を減らす作戦なのである。都市計画の世界ではこれを、規制型ではない、誘導型のまちづくりと表現している。

新しいから楽しい

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クルマ好きの中にはこうした状況を嫌う人もいるだろう。でも地球環境対策や高齢化対策のためには、ここまでやらないといけない。今の世の中はそれだけクルマ偏重なのだ。世界で初めてクルマを使いはじめたヨーロッパが改革を実行しているのだから間違いない。

でも実際にヨーロッパで新しいモビリティを目にした人は、それらをカッコいいと思ったのではないだろうか。実は僕もそのひとりだ。

きっかけはフランスだった。2006年に首都パリに70年ぶりに路面電車が復活すると、翌年にはサイクルシェアリングという、新しいスタイルの自転車共同利用システムが、「ヴェリブ」という名前で登場した。

2011年には、これの電気自動車版である「オートリブ」がサービスを開始。そして次の年にはルノーから「トゥイジー」という名前で超小型モビリティが登場し、パリ郊外の街でカーシェアリングを始めた。これらがどれもスタイリッシュなのだ。

柔らかいデザインと大きな窓、白地にライトグリーンの帯というカラーリングが爽やかな路面電車。オーガニックなハンドルやフェンダー、石造りの建物と同じグレージュの色調が、街に違和感なく溶け込むヴェリブ。対照的にトゥイジーは、F1マシンのようにボディからタイヤを張り出させ、ドアはランボルギーニのように上に跳ね上がる。どれも思わず目が引き寄せられ、乗ってみたいという気持ちになる。

走りもまた新鮮だ。路面電車はまるで、水平に動くガラス張りエレベーターのよう。ヴェリブは僕のような観光客でも自転車でパリを移動する気持ち良さが体感できる。極めつけはトゥイジーだ。これはまさに、公道を走れる電動カートであり、4輪の電動スクーターである。小型軽量が生み出す身のこなしと、電動車両ならではの発進の力強さを融合させた、究極のアミューズメントカーなのである。

その感動は、普段クルマに乗っている僕が、たまの休日にオートバイに跨がったときと似ている。風の受け方も、景色の見え方も、カーブの曲がり方も、あらゆる部分がクルマとは違う。クルマの仕事をしつつ、オートバイを所有している最大の理由は、その感動を味わいたいからなのだ。

クルマ好きやオートバイ好きなら、魅惑的な新型車が出たときに、ときめきを抱くはず。新しいモビリティを見て、乗って感じることは、まさにそれだ。しかも今まで体験したことがないジャンルだけに、感動はそれ以上なのである。

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右ページの白いクルマは、ルノーの小型EV「Twizy(トゥイジー)」。ガルウイング式のドアやサイクルフェンダーが遊び心。アルミホイールの色や形、ツートンカラーに白/黒と白/青があることにも注目。

黄色のクルマは、ルノースポールの制作した「Twizy RENAULT SPORT F1」。F1の技術である「KERS」を導入、13秒間だけ17馬力から97馬力に出力アップできる。0~100km/hまでの加速は、ニュルブルクリンクFF最速を誇る「メガーヌR.S.」と同等の約6秒。F2マシン用のホイールとスリックタイヤを履き、F1をイメージした巨大なリアウイングやフロントスプリッター、サイドポットを装着している。シートはフォーミュラ・ルノー用のカーボン製バケットタイプ。これはコンセプトモデル。

ルールとマナー

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ルノーと日産のアライアンスから誕生した「日産ニューモビリティコンセプト」はルノー「トゥイジー」との兄弟車である。200V電源を使用して約4時間で満充電でき100km程度の走行が可能。オートバイと同じように前後に人が座るタンデムスタイルで乗車。現在は横浜市をはじめとした一部地域で実証実験がスタートしている。

●日産ニューモビリティコンセプト
最高速度 時速80km
全長 2340mm、全幅 1230mm、
全高 1450mm
車両重量 500kg
乗車定員 2名

ヨーロッパの最新モビリティ事情を振り返ったあとで、日本に目を向けると、この日本こそクルマ中心の社会だと思う。それをあらためて感じたのは昨年春、小学校に登校する児童の列にクルマが突っ込む事故が相次いだときだ。

不思議なことに、あそこまで悲惨な出来事が連続しても、通学時間帯の通学路でクルマの通行を禁止すべきという意見は、表面化しない。逆に良く見かけるのは、クルマの安全装備を高めれば事故は防げる、通学路を見直せば安全になるなど、クルマには罪はないという意見ばかりだ。「安全な原発なら大丈夫」「原発の近くに住まなければ大丈夫」という主張と重なるように見える。

前出した新しいモビリティも同じ。クルマが主役という視点で考える人が多いので、路面電車やバスレーンは車線が減るからダメ、超小型モビリティは遅そうだから邪魔という意見を、タクシードライバーなどの職業運転手でさえ平然と言ってのける。だからスクールゾーンでも「急いでいるから」と平気でクルマを飛ばし、歩行者を蹴散らすように駆け抜けていく。

環境問題や高齢化問題に直面しているのは、日本も同じである。地方都市のデータを見る限り、新型車の環境性能がこれだけ上がっても、運輸部門における温室効果ガスの排出量は増えている都市さえある。交通事故の死者は減った。

しかし日本は事故死者に占める歩行者の比率が欧米諸国に比べて異例に高く、65歳以上の高齢者の比率は半分以上に達しているという、極端な国でもあることを知ってほしい。

「オレには関係ないよ」という人もいるだろう。しかし今は五体満足でクルマを操るドライバーでも、いつか、それが不可能になる日がくる。しかし毎日の生活のために、移動は必要になる。

そのとき、路面電車や超小型モビリティなどの乗り物が用意されておらず、住宅地でもお構いなしに飛ばすクルマにおびえながら歩き続けるという状況に直面したら、どう思うだろうか。「あのとき賛成していれば良かった」と気付いても、後の祭りである。

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何かの大惨事に巻き込まれて、明日から突然、車イス生活を送らなければならなくなるという可能性もある。僕自身、3年前にフランスで足首を骨折し、松葉づえ姿で帰国したことがある。そのときに痛感したのが、日仏の体の不自由な人に対する対応の大きな違いだ。

向こうの人々は、弱者をいたわるマナーが身についている。ルールで決められてはいないのに、子供やお年寄りを見かけたら無意識のうちに速度を落とし、車イスでバスに乗ろうとすると周囲の人が手伝って乗せてくれる。海外の道路に標識が少ないのは、ルールで決めなくてもマナーを守る人が多いことが関係しているのではないだろうか。

対照的なのが近年の日本だ。ルールとして定めていないから弱者をいたわらなくても良いと考える人がいるなど、マナーという概念が存在しないかのようである。僕自身、松葉杖をつきながら駅の改札を通ろうとして、後ろから突き飛ばされたことがある。他人事だと笑うなかれ。あなたもクルマを運転している時、制限速度を守って走行している前車を煽ってはいないだろうか?

ヨーロッパが路面電車や超小型モビリティなどを積極的に導入しているのは、住民サービスという側面もある。税金を投入して路面電車を敷設したり、免許なしで乗れて、税金も安い超小型モビリティを用意したりする。これも交通弱者に対するマナーの一種と言えるだろう。

しかも多くの人々が、社会全体のことを考え、新しいモビリティを積極的に取り入れ、既存の乗り物と上手に使い分けている。とてもスマートに見える。「自分は使わないから不要」という近視眼的な理由で反対する一部の日本人とは対照的だ。

それに都市内でクルマが走りにくいという状況は、クルマ好きにとって決して悪いことではない。最初に触れたヨーロッパ車の魅力を振り返ってみれば理由が分かる。

彼の地のクルマの魅力のひとつである走りの良さは、都市内でクルマの通行が制限され、郊外や高速道路では逆に思い切り走れるという、メリハリのある環境が生んだものではないかという気がするのだ。

実はこの原稿は、フィアット・パンダで日本一周するという某自動車雑誌の企画に参加しながら書いた。僕は大分〜高知〜松山〜広島〜岡山〜高松〜徳島〜神戸〜大阪と、4日間で約1000㎞を走った。

「パンダで1000㎞?」とビックリするかもしれないが、日本のコンパクトカーで同じことをやるのとは段違いに楽で、しかも楽しめた。クルマはクルマが気持ちよく走れる場所を担当し、それ以外のシーンでは路面電車や自転車や超小型モビリティなどに任せるというヨーロッパの交通事情が、長距離性能の高さに結実しているのではないかと感じたのである。

もし日本でも、路面電車や超小型モビリティが導入され、バスレーンや自転車道が広まって、モビリティの選択肢が増えれば、これまで乗用車で都市内を移動していた人の一部は、こうした乗り物に移行するだろう。マスコミはその状況を取り上げて、またぞろ「クルマ離れ」と騒ぐかもしれない。

しかし悲観する必要はない。郊外の道や高速道路を、ある程度のスピードで移動するという役目にクルマが専念すれば、メーカーもそれに合わせて、走りの性能を重視した車種を送り出すはず。国産コンパクトカーがフィアット・パンダ並みの快適性や安定性を備え、自動車ならではの運転の喜びを感じさせてくれるようになるかもしれない。

しかし、僕たちにとっては、超小型モビリティに代表される新種の乗り物を体験できるという、新鮮な喜びが味わえる。そしてクルマを自由に使えないがゆえに移動に制約を受けていた人たちは、新しい乗り物が導入されたおかげで、これまでよりはるかに安全快適に、移動の自由を手にすることができる。いいことづくめじゃないだろうか?

「変われない日本」という言葉があるようだが、実際はそんなことはない。5年足らずでスマートフォンが携帯電話の主流になったことを振り返れば、日本が移ろいやすい社会であることは明らか。モビリティだって変えられるはず。

そうすれば結果的に、人もクルマも幸せになれる社会になる。

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右は森口氏の新刊書、『超小型モビリティのことが1日でよ〜くわかる本』
(秀和システム ¥1,300)

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text:森口将之/Masayuki Moriguchi
1962年東京生まれ。モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。移動や都市という視点から自動車や公共交通を取材し、雑誌・インターネット・テレビ・ラジオ・講演などで発表。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員、グッドデザイン賞審査委員を務める。著作に「パリ流 環境社会への挑戦」「これから始まる自動運転 社会はどうなる!?」など。

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