SPECIAL ISSUE エターナルバリュー

アヘッド SPECIAL  ISSUE エターナルバリュー

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世の中全体がひとつの方向を向いていられる時代ではなくなり、あふれる情報や多様な価値の中から、それぞれが自分なりの価値観を見つけなくてはならなくなった今。私たちはクルマやバイクをどう選び、どう付き合っていけば良いのだろう。

text:山下 剛、竹岡 圭、山下敦史、嶋田智之 photo:長谷川徹  [aheadアーカイブス vol.187 2018年6月号]

Chapter
エターナルバリュー
抗いの本質
デザイン8割で行こう!
新旧が混在する時代
二条城にクルマを並べたオトコ

エターナルバリュー

抗いの本質

text:山下 剛


かつて若者たちはバイクとエレキギターに夢と希望を託し、大人たちに抗った。

ダメだと言われるほどバイクを走らせ、ギターをかき鳴らした。しかし90年代に入るとまるでもうすぐ20世紀が終わることをわかっているかのようにバイクもギターも反抗の象徴ではなくなっていき、21世紀になって20年が経とうとしている今、どちらにも抗うための道具や手段といった役割はほとんど見られない。

若者たちが聴く音楽はロックからヒップホップになり、一見するとアウトローながらも両親への感謝を歌う。バイクは思春期の揺らぐ感情を燃やすための乗り物ではなくなり、新たな友人をつくり、交流をふかめることを目的としたSNS同様のコミュニケーションツールのひとつになってきている。

もっともカミナリ族にはじまった日本のバイク文化も個よりも集団として活動し、認知されてきたから、バイクが他者とのつながりをつくる性質を持っていることは昔から変わっていない。ただし、手段と目的が入れ替わった、あるいは楽しめさえすればそれでよく、手段だろうが目的だろうが気にしなくなったといえるかもしれない。

しかし、もっと広く俯瞰してみると、10〜20年後にはもしかしたらガソリンエンジン車の新車販売が禁止されているかも知れず、自動運転化の推進も不可欠となった今、ガソリンエンジンを積んだクルマを走らせることすら時代の流れに抗っているともいえる。

クルマでは衝突回避や自動ブレーキといった安全装置の普及がかなり進んでいるが、バイクではようやくABSが義務化される段階にすぎず、トラクションコントロールなどの転倒抑制装置はまだ一部の高級モデルにしか装備されていない。電気モーターを原動機とするバイクはさらに少ない。

そんな乗り物であるバイクを今なお走らせる行為は、クルマよりもさらに時代に抗っているといえる。バイクの価値観は変わりつつあるが、ひょっとするとバイクという乗り物は本質的に人間を取り巻くこの世界に抗うための道具なのかもしれない。

BMWは「100年後のバイク」として、自立自動走行かつライダーがヘルメットすら被らずとも安全に走行できるバイクのコンセプトを発表した。ホンダとヤマハは自立自動走行バイクを公開した。BMWのアイデアは現段階ではサイエンスフィクションにすぎないが、ホンダとヤマハは市販前提ではないとしながらも実際に自立自動走行するバイクを開発して形にした。

仕事グルマが最優先で、次いで家庭、そして個人用途。生活を維持するために道路を使うことは当然だが、趣味としてアソビのためにクルマやバイクを走らせるなら遠慮すべきである、というのが日本の交通社会の風潮だ。

暗黙の了解といってもいい。そんなこの国でクルマの自動運転化が推進されていけば、挙動が予測しにくく、かつ衝突時のリスクが高すぎるバイクは、近未来の交通社会において除外されるのではないか。「個人の趣味のために他人の生活を脅かすな」が世間の大多数の声なのではないだろうか。

いや、何もそれは日本人の国民性によるものではなく、環境変化に対して生き残れるか否かの話で、地球に生命が誕生して以来繰り返されてきた適者生存による成り行きなのだろう。

だからこそ、変化する環境に淘汰されないよう、バイクも安全な乗り物であることを世間にアピールするべく、ホンダやヤマハには一刻も早く自立自走バイクを販売してもらいたい。バイクも未来の交通社会の一員になれる資格があるのだということを見せつけてほしい。バイクは世界に抗うための乗り物ではないということを、バイクに興味もなく、むしろ毛嫌いしている人たちに向けて伝えてほしい。

そのいっぽうで、転ばないバイクなどバイクではないと思う自分がいる。スーパーマリオの無敵モードが永遠に続いたり、ポーカーでカードの裏側を見透かせたりしたらゲームとして成立しないのと同じだ。自立自走バイクは、これまでの電子制御技術と同質でなく、バイクの基本概念を崩しかねない。すべての命には限りあるからこそ生が輝くのと同じように、バイクは転ぶからこそバイクであり、走らせることが楽しいのだ。

人類が誕生してからずっと願い続け、ときに神に祈り、力と富を持つ者は持たざる者たちを犠牲にしてきたものの、私たちが生きている三次元では不老不死など実現できない。命あるものは必ず死ぬのだ。絶対という言葉を唯一堂々と使える概念が、生命がいつか迎える死なのだ。

しかし、21世紀で暮らしている私たちは、科学技術の力でそれをくつがえすべく自然環境に抗い、一定の効果を得てきたことを知っている。もしかしたら……という淡い期待を抱かずにいられない。

人工知能がさらに進化した自動運転のクルマが登場して、眠ったまま目的地まで行けたり、それにまたがってさえいればヴァレンティーノ・ロッシのレーシングラインを再現してくれたり、何があっても〝絶対〟に転倒しない自立自走バイクが出てきたりしたら、走る姿を見るだけでなく乗ってみたいという欲望もある。

どちらの態度を取っても、結局のところ抗うことからは逃れられなさそうだ。つまるところ、抗うことは生きることと同義なのかもしれない。

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text:山下 剛/Takeshi Yamashita
1970年生まれ。東京都出身。新聞社写真部アルバイト、編集プロダクションを経てネコ・パブリッシングに入社。BMW BIKES、クラブマン編集部などで経験を積む。2011年マン島TT取材のために会社を辞め、現在はフリーランスライター&カメラマン。

デザイン8割で行こう!

text:竹岡 圭 


「クルマの購入動機は見た目が8割以上!」コレ、私がモータージャーナリストと名乗りだす前、つまりこの業界に入り文章を書き始めてすぐ、まだライター見習いです~♡と言っていた頃から、私のモットーのひとつとして掲げていることだったりする。

何を隠そう免許取得中にこの業界に入ってしまったので、運転技能は初心者マーク。当然のことながら、運動性能やメカニズムのことはチンプンカンプン。見た目の話しかできなかった…! からかもしれない。

でもその90年代初め…。いやもうハッキリ言っちゃうと、それは'93年なのだが、その頃はまだ、「8割!」なんてことを声高に言う人はいなくて、クルマのデザインは今ほどフィーチャーされていなかったように思う。

もちろん、あのクルマがカッコイイだの、このクルマはイマヒトツだの言われてはいたし、「バブル時代に豪華に設計されたクルマが、デザインは斬新なまま、内容は時代に合わせてやや抑えて登場!」なんてものもたくさんあって、いまと比べれば派手な時代だったのかもしれないけれど、ジウジアーロとピニンファリーナは別格として、少なくとも今ほどクルマのデザインは表立って語られていなかったはずだ。

デザイナーさんだって、昨今ほどいろいろな場面でスポットを浴びて登場することは少なく、私が某誌で「デザイナーとデート♡」という連載を始めたら、それがデザイナーさんの間で「オレまだデートしてないよ~?」などと、話題になったほどだった。

それがいつの間にやら「やっぱりクルマはデザインでしょ!」と、普通に言われるようになり、なにしろこういった内容の原稿依頼をいただくまでになったのだから、時代の流れというのは面白い。と言いながら、この仕事を始めてもう25年目という自分に、いまこの原稿を書きながらいちばんビックリしていたりするのだが…(汗)。

もとい!そんな25年の間にも、クルマのデザインはずいぶん変わった。当然のことながら流行り廃りもあれば、安全基準を満たすため、空気抵抗を減らすため等々、抗えない理由によるところも大きい。私の大好きなリトラクタブルヘッドランプも、アメリカの安全基準によって、使えないデザインのひとつになってしまった代表選手だ。

でもいつの時代も愛されるクルマ、いつの時代でも愛されるデザインというものもある。しかもそれをキライという人には、世界各国照らし合わせても、ほぼお目にかかったことがないというほどのツワモノがいるのだ。

その選抜選手は、MINIとフィアット500。MINIはクラシックMINIは当然のこと、BMW MINIもすぐに市民権を得て、その後3度のフルモデルチェンジを経て、しかもそのどれもが世界中で大ヒット。さらにクラシックMINIの時代にはなかったバリエーションを増やし、しっかりブランドとしての世界観を築き上げている。

フィアット500も然り。往年のモチーフを上手く取り入れながら新世代の装いとし、またアバルトブランドだけでなく、プレミアムファッションブランドとコラボレーションしたりと、多彩なボディカラーやパワートレインを搭載することで、常に話題を提供し続けている。

残念ながら日本車にはそういったモデルはまだないのだけれど、世界をアッ!と言わせたモデルはいくつもある。

この25年で言っても、例えばトヨタのヴィッツは、ようやく欧州コンパクトカーにデザインで追いついたなどと言われ、またピンクというボディカラーを世界に流行らせた立役者となったし、左右非対称デザインで話題を呼んだ日産キューブは、未だに買い替えたいと思えるクルマがなくて、長らく乗っているというユーザーが多いと聞いている。

ところがそんなキューブユーザーが「あ!これならいいかも!」と目を付けて、実際乗り換えだしているのが、スズキクロスビーなんだそうだ。

昨年の東京モーターショーでお披露目され、ほぼそのまんまの姿で登場したクロスビー。確かにキューブから乗り換えるには、サイズ的にもちょうどいいのだろう。そして負けず劣らず個性も主張しているし、何と言っても、クロスビーを購入したら、こんなことができそうだな、あんなところにも行けそうだな…と、シチュエーションが描けるのがいいのだ。

そう、時代を超えて愛されるクルマは、見た瞬間に新しいライフスタイルが想像できて、それが明るく楽しい色彩で彩られていることが共通項なのかもしれない。クルマのデザインや、それを発信するデザイナーさんがフィーチャーされてきたのも、クルマが単なる道具ではなく、生活を彩るライフスタイルアイテムとしてみんなが認識するようになったからなのだ。

もはやクルマはキッチリ書くことが仕事の、製図用のシャープペンシルではなくなったのである。

■SUZUKI XBEE

「デカハスラー」そう呼ばれるのもよくわかる。実際並べてみても、似ているなぁと思う。でもそれでOK。というか、それのどこが悪いの? と、私は思っている。

例えば世界各国で愛されているMINI。3ドアハッチバックがあって、5ドアがあって、クラブマンがあって、クロスオーバーがあって…。でもどれをとってもMINIだし、それで世界が確立している。誰も文句も言わない。

クロスビーも然り。ハスラーがあって、クロスビーがあって。いっそ、デカハスラーという名前でよかったんじゃないか?そうやって新ブランドを築くという手もあったかもしれないぞ。なんてことまで思ってしまう。

でもそんなことを言えてしまうのは、どちらも基本性能がしっかりしているからだ。クロスビーはソリオと同じプラットフォームである。ソリオは荷物がたくさん積めて、利便性も高く、走りもしっかりと、このクラスでは図抜けた存在だ。

そこに夢が加わった。道なき道をまでとは言わないが、シチュエーション問わずの走破力を誇るSUVは、パッケージング的に狭いのが難点と言われてきた。そこにワゴンというかプチバン並みのスペースを誇るパッケージング力がコラボレーションされているため、キャンプ道具一式積んで、取付道路が狭く、途中デコボコが多い、河原の駐車スペースまで…といったことがいとも簡単に想像できてしまうのだ。しかもお昼寝スペース付きと来たら…。デカハスラーもといクロスビー。もうワクワクしない理由がない。

車両本体価格:¥2,046,600(税込、HYBRID MZ/2WD/2トーンルーフ仕様車)●エンジン:水冷4サイクル直列3気筒直噴ターボ●総排気量:996cc●最高出力:73kW(99ps)/5,500rpm●最大トルク:150Nm(15.3kgm)/1,700~4,000rpm

新旧が混在する時代

text:山下敦史


映画を観るのが何より楽しかった学生時代――今から30年以上も昔の話だが――過去の名作に触れるには、主に名画座を頼りにするしかなかった。初代『ゴジラ』も、『七人の侍』も、観たい映画を観たい時に観られるなんてことはなく、ちょっとコアな映画やマイナーな映画になると、大げさでも何でもなく何年も待ち続けるなんてことも当たり前だった。

「ぴあ」の上映スケジュールに赤丸付けて、まだ観ぬ古典や名作を求めて週末ごとに名画座巡りをするのはそれはそれで楽しかったのだけど、まあ昔語りがこの原稿の趣旨ではない。

つまり、そのころ〝旧作〟とは自分から探して追いかけるものであり、憧れとか権威とか、あるいは乗り越えるべき壁であったりする存在だったのだ。

自分にとって一番身近な映画を例に出したけど、これが本だったり音楽だったりしても同じだったと思う。今のもの=オレら世代のものと、それまでのもの=旧世代のものは愛憎相半ばするとはいえ、基本対立するものだった。旧作に向かうというのは、好きな分野をもっと楽しめるよう原点だの歴史だのを学ぼうとかいう、〝教養〟とか〝たしなみ〟とか、カッコでくくりたくなるような思惑がいくらか交じっていたのだ。

翻って現在。2010年代とはどんな時代だったのか? なんて大上段に構える気はないのだけれど、時代感覚が薄れた時代、つまり「新旧が混在する時代」という側面は確かにあった。特に10年代後半はそうだ。

定額サービスの普及で、好きな作品を選んで買うのではなく、新旧のライブラリーの中から好みのものをチョイスするという形に移行してきたことが大きい。実際はチョイスする必要すらなく、サービス側からお薦めリストを提供してくれたりするくらいだ。

リストには最新の作品も似た傾向の過去作も同じように並べられる。そこには対立すべき価値観の差などありようもない。だってすべては同列なんだから。基準は気に入るかどうかだけだ。面白い映画/音楽/本を見つけた! と思ったらそれは10年以上も昔の作品だったなんてことも普通にありえるのだ。

作り手にとっては、過去の優れた作品が昨日出てきた作品と同様にライバルになり得るのだから大変だろうな、とは思うけれど。でも明治の文豪と平成の作家が同じお薦めリストに並ぶなんて、考えようによっては面白いじゃないか? 文学史上の価値はともあれ、今の自分にとって必要なのはどちらなのか、価値は自分で決められるのだ。あるいは決めなきゃいけないのだ。

aheadなんだからクルマやバイクのことも触れておこう。内燃機関の時代が終りに近づいた今だからこそかもしれないけれど、パフォーマンスの優劣だけではなく、コンセプトやスタイリングにどれだけ共感するかで愛車を選ぶ傾向が強まっているように思える。
 
例えば昨年の東京モーターショーでは、125㏄化で復活したモンキーや初代のスタイリングを再現したようなスーパーカブC125が話題をさらった。それを単なる懐古趣味と言えるだろうか。

なるほど、エンジン性能は毎年向上するだろうし、10年経たずに電動に置き換わるかもしれない。でも、スペックが変わっても、それらが体現するコンセプトは変わらず受け継がれていく。

近い将来、電動カブと歴代のカブが並んで走る姿を想像する。それは奇妙ではあろうが、調和を感じさせるものではないだろうか。ユーザーが支持するのは、性能以上に、生まれてきた理由を感じさせる本質なのだ。

新旧が混在する今は、乗り越えるべき壁や壊すべき価値観を見い出せない混迷の時代なのかもしれない。だが、だからこそこれまでになく自由であるとも言える。過去と現在を同列に置くことで、今と未来を築くために必要な何かを、膨大な過去の資産から見つけ出せる。それこそが新たな時代へと向かう我々に対する課題なのだろう。

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text:山下敦史/Atsushi Yamashita
1967年生まれ、長崎県出身。PR誌の編集員を経てフリーに。以後、映画や書籍の評論及びレビューを中心に映像エンターテインメントやIT、サイエンス関連の記事などを執筆。著書に『プレイステーション 大ヒットの真実』(日本能率協会マネジメントセンター)、『「ネタになる」名作文学33』(プレジデント社) など。

二条城にクルマを並べたオトコ

〝金魚をアートにしたオトコ〟が、今度は「コンコルソ・デレガンツァ京都」を実現させた。これからの日本のクラシックカー・シーンの鍵を握る木村英智氏に話を聞いた。

文・嶋田智之 写真・藤村のぞみ(人)/若林葉子(コンコルソ・デレガンツァ京都)

3月30日から4月2日まで京都の元離宮二条城で開催された〝コンコルソ・デレガンツァ京都〟。

日本が世界に誇る文化遺産、それも国宝である二の丸御殿の中庭という普段は非公開の場所を舞台にして歴史的かつ芸術的なクルマ達の美を愛でるこの催しは、2016年の第1回開催に引き続き、世界中のヴィンテージカー愛好家に大いなる刺激をもたらした。

自動車先進国でありながら自動車文化の側面では欧米に大きく遅れを取る日本という国に、世界基準のコンクール・デレガンスが根付きつつあることを、明快に示していたからだ。

これまでもコンクール・デレガンスという名のイベントは開催されたことはあるが、世界の各地から一級品といえる個体とそのオーナーを集め、日本という国を象徴するような場所で開催されたものはなかった。

そして何より、催しそのものが継続されてこなかった。理由はシンプルで、開催にまつわる手間が並大抵のものでないうえに、開催に費やす予算を取り戻すことが想像以上に難しいからだ。

けれど、コンコルソ・デレガンツァ京都は前回も今回もそれらを満たした上、すでに来年の開催もアナウンスされ、さらに大きく盛り上がりそうな勢いだ。

この催しは京都市とコンコルソ・デレガンツァ京都実行委員会の主催であるが、実際に企画・運営しているのは総合プロデューサーである木村英智さんと彼のオフィス。木村さんはイベント・プロデュースや空間の演出とデザインなども手掛けるが、何よりもアートアクアリウムというひとつの芸術的エンターテインメントの分野を確立したアーティストとして世界的に知られている人物だ。その彼がなぜ、コンクール・デレガンスという催しを開催しているのだろう?

「子供の頃から輪っかがついてるものは何でも好きだったんです」

今ではビンテージカー愛好家の間でもエンスージャスト、コレクターとして知られる木村さん。

小学生のときに実家のある東京・足立区を起点に自転車で関東各県を全制覇し、中学生のときには泊まりがけでロング・ツーリングも経験し、高校生になると即座にオートバイで首都高速を楽しむほどだったが、初めてのクルマを手に入れたのは20歳と、意外や遅かった。車種はサーブ9000ターボ。

「思えば人と違うモノを求める面倒な性格は昔からだったんですね。おかげで免許を取ってもそう簡単には買うことができませんでした」
サーブに数年ほど乗った後、木村さんは24歳で事業を興す。現在のビジネスにつながる観賞魚の貿易事業だ。そのためにステーションワゴンが必要になり、メルセデスの300TEへと乗り換えるが、事業が大きくなるに連れて荷室が足りなくなり、仕事用に国産ワンボックスを購入、そして趣味のクルマはマセラティ222SRへ。

ここから木村さんのクルマ趣味人生は大きく変わっていく。マセラティからフェラーリ・モンディアルへと乗り換え、足代わりのセダンとしてアルファロメオ164を手に入れ、そのバックアップでルノー・サンク・バカラを買った。

走るのも好きだったが、スペックには興味がなく、むしろデザインが好みであることに徹底してこだわった。3台同時所有が可能になるほど事業は順調に育っていったが、木村さんは28歳のとき、突如としてその事業を縮小してしまう。

「そのまま歳をとるのが急に嫌になって、何でもかんでも色んなものを見てみたくなって、国内でも海外でも、放浪みたいなことをしてた時期が2年近くあったんです」

木村英智/Hidetomo Kimura
1972年東京生まれ。アートアクアリウムアーティスト。「アート」「デザイン」「エンターテイメント」と「アクアリウム」が融合した、「アートアクアリウム」という唯一無二の分野を確立。クルマへの情熱とプロデューサーとしての才能によって、この春、"コンコルソ・デレガンツァ京都”を成功させた。写真は木村氏の経営する「水戯庵」。言わば本物の伝統芸能のライブハウス、である。

<水戯庵>
住所:東京都中央区日本橋室町2-5-10 B1F
営業時間:11:45〜24:00(日・祝〜20:30)※2018年6月時点 
TEL:03(3527)9378 https://suigian.jp

▶︎熱帯魚を中心に展開していたアートアクアリウムだったが、そこに日本の伝統文化を重ねたい、そう考えた木村氏が〝金魚〟で創り出したのが氏の代表作、「花魁」。海外の人はもちろんだが、予想に反してもっとも反響があったのは他でもない日本人であったという。日本人自身に日本文化の伝統美を再発見させた作品でもある。

何とも破天荒な話のようだが、面白いのはその中で現在の木村さんを決定づける発想を得たこと。

ドイツの高級ホテルでアクアリウムバーが開催されると聞いて入ってみたら、ツルシの水槽が電源も剥き出しでゴロゴロ置いてあるだけの極めて粗末なもので、すでに観賞魚のエキスパートだった木村さんは、そこで考えさせられてしまったのだという。

「高級ホテルですからインテリアそのものはデザイナーやコーディネーターが力を振るった素晴らしいものなんです。でも、アクアリウムの世界って特殊で、水槽が飾られてるだけで圧倒されるようなところがあるし、観賞魚には専門知識も必要だから、ホテルの皆さんが熱帯魚屋の言いなりになってしまったようなもの。世界的に有名なホテルですらそうなんです。これはないだろう、と思いました。それならば自分でその世界を作って磨き上げてみよう、と」

木村さんが後に確立するアートアクアリウムは、昔からあったインテリアアクアリウムとは異なり、展示する種類、それを入れる水槽、配置する什器や補機類などの形状や素材、光と影など、空間全体をテーマ性を持ってデザインし、そこに映像や音楽などエンターテインメント性を加味した一種の総合アートだ。

事業に本格的に復帰した木村さんは、その世界観を創り上げるべく活動し、5年目となった2007年、六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーで個展を開くという鮮烈なデビューを果たす。

2011年までの4回開催で百万人が訪れたという〝スカイアクアリウム〟である。森ビルは当時はまだ完成していなかったアートアクアリウムというものに対して莫大な予算を提供し、木村さんに作品作りをうながした。

「アートアクアリウムの世界には莫大な費用が掛かるんです。それに応えたいと思ったし、二度とないチャンスだから自分の考えていることを全部出し切ろうと思った」

外国人が最も多く訪れる場所でもあり、また和の美しさも改めて伝えたいと考えていた木村さんは、世界中から集めてきた宝石のような熱帯魚だけじゃなく、日本的な世界観を表現するコーナーも計画していた。

が、いかに潤沢な予算にも限りはあり、〝目に慣れた金魚のコーナーは……〟と、そのプランに赤信号が点りそうになる。悩んだ木村さんは、最後のチャンスだからとばかりに自己資金を注ぎ込んで、〝花魁〟という展示を完成させる。

結果、スカイアクアリウムは大ヒットして複数年契約につながったわけだが、実は一番人気だったのは、その〝花魁〟。とりわけ日本人からの支持が圧倒的に多かったのだという。

過去に誰もやったことのない方法で日本の美しさを伝えるアートアクアリウムが日本人の心に刺さったのだ。
▶︎二条城で開催された“コンコルソ・デレガンツァ京都” 世界でも希少なクラシック・カーが日本の世界遺産に集まったのだ。

木村さんの作品が与えた感動は次第に日本全国に伝播し、海外を含めた各地からのオファーが相次ぎ、日本古来の文化を重ねたアートアクアリウムは完成の度合いをますます高め、日本の伝統産業や伝統工芸にも惹かれ、そんな中から京都とのつながりが生まれてくる。

そこから二条城でのアートアクアリウム開催が実現するなど、京都市や京都府の協力を得た数々の催しがスタートした。二条城での〝コンコルソ・デレガンツァ京都〟開催には、並べきれない長い長いストーリーがあったのである。

もちろん木村さんが、放浪していたときにすら手放さなかったモンディアルはもちろん、アバルトのレコルトモンツァをはじめとする歴史的なクルマ達も手に入れ、愛でている趣味人であるから、ということを抜きには語れない。

趣味人としての感覚とイベント・プロデューサーとしての手腕を頼られて仕切り役を担った、2009年に森アーツセンターギャラリーで開催した〝東京コンクール・デレガンス〟の好評も大きかっただろう。

が、今回お話をうかがっていて最も強く感じたのは、木村さんの〝誰もやっていないもの、そこにないものを作り出して、世界に向けて発信したい〟という意志の強さであるように感じられる。

「僕はクルマが好きですけど、最も関心が強いのは美しさとか優雅さなんです。そこを堪能したり評価したりするコンクール・デレガンスはその最もたるもの。クルマのイベントはたくさんあるけど、ちゃんとした世界基準といえるコンクール・デレガンスは、日本には根づいていないんです。素晴らしい、独特の世界観を持つイベントなのに。だから、自分でやろうと思ったんですよ。世界に恥じないものにするには、世界遺産で開催するべき。僕はアートアクアリウムを通じて、たまたま二条城とおつきあいがある。それだけ揃えば、もう二条城で以外でやるわけにはいかないじゃないですか」

常識の範囲でモノを考えていたら、そうはならない。思いついたとしても、これまで自動車のイベントを開催したことのない世界遺産が、簡単に門を開くはずもない。木村さんは軽やかに語ってくださるが、その裏側に並ならぬ努力があったことは容易に想像できる。

そして2016年の初回は日本のみならず海外でも高く評価され、それは京都市や二条城にもメリットをもたらした。だからこそ今回の2回目、そして来年の3回目につながったのだと察するが、気掛かりなことがひとつある。

熱意は迫るように伝わってくるが、果たしてコンコルソ・デレガンツァ京都、事業として考えたときにはちゃんと成立してるのだろうか?

「いや、全然してません(笑)。出費の方が圧倒的に多くて。でも、成立させますよ。自分が好きだからやってることではあるけど、いつまでも赤字だったら続けられませんから。来年の開催を計画していて、実はもう見えてきてるんです。京都市ではよく言われてることなんですけど、文化でお金を生まないといけない、そうじゃないと文化は継続できない。根本は一緒です。せっかく生み出すことができたのだから、長く続けていかなきゃいけないと思うんですよ」

何も知らない心ない人がぼんやりと想像するような、お金持ちの道楽なんかじゃない。

単に営利目的なわけでもない。そのどっちでもない。木村さんにとって〝誰もやってないことをやる〟〝素晴らしい世界観が生み出す感動を世の中に伝えていく〟というのは、外せないライフワーク、いや、生き方そのものなのかも知れない。

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text:嶋田智之/Tomoyuki Shimada
1964年生まれ。エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集長を長年にわたって務め、総編集長として『ROSSO』のフルリニューアルを果たした後、独立。現在は自動車ライター&エディターとして活躍。

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