GTI Performance Days

アヘッド GTI Performance Days

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ゴルフGTIに加えて、ポロGTI、up! GTIがお目見えし、フォルクスワーゲンのGTIシリーズに3兄弟が勢揃い。それを記念してスペインのマラガで国際試乗会が開催された。せっかくだからVW車でアウトバーンも走りましょう、とのお誘いに、ドイツは初めてという弊誌・若林が参加。アウトバーンとは? GTIとは? を考える旅となった。

text:ahead編集長・若林葉子、今尾直樹 [aheadアーカイブス vol.186 2018年5月号]
Chapter
アウトシュタット
アウトバーン
GTI パフォーマンスデイ
GTIシリーズ
フォルクスワーゲンにとってGTIとは?

アウトシュタット

text:ahead編集長・若林葉子
フォルクスワーゲン(以下、VW)GTIシリーズを巡る旅はAutostadtから始まった。

旅の行程はこうである。(1日目)ウォルフスブルクのアウトシュタットの見学、(2日目と3日目)ウォルフスブルク→ローテンブルク→ミュンヘン約900㎞をVW車でテストドライブ、(4日目)スペインのマラガへ。空港からホテルまでをGTIシリーズでドライブ。(5日目)アスカリサーキットにてGTIパフォーマンスデイに参加。

アウトシュタットとはドイツ・ウォルフスブルクのVW本社敷地内にある自動車博物館で、単に博物館というより、クルマのテーマパークと言ったほうが近い。総敷地面積28ヘクタール。東京ドーム6個分の敷地に、ミュージアム、VWグループ各社(フォルクスワーゲン、ポルシェ、アウディ、セアト、シュコダ、ベントレー、ランボルギーニ)のパビリオン、試乗のできるドライビング・エクスペリエンス、クルマの歴史を体現したツァイトハウス、ホテル、レストランなどが点在している。

どこへ行っても何を見ても楽しいし、感心することばかりだが、もっとも印象的だったのは、アウトシュタットのランドマークにもなっているCar Towerである。1つの塔にマックスで400台のクルマを収容することができるが、2、3日で2つの塔の中にあるクルマは全て入れ替わってしまうという!
▶︎アウトシュタットはVW本社&工場と同じ敷地内にある。本社工場のエントツはこの街のシンボルでもあり、工場内へはトラムに乗った見学ツアーも用意されている。撮影不可だったのでここではご紹介できないが、こちらも一見の価値ありだ。

ここに収容されるクルマは、全て持ち主の決まった新車で、ここから地下のトンネルを通って、隣にある納車センターへと運ばれ、そこで持ち主に引き渡される。

購入者はもちろん最寄りのディーラーでクルマを受け取っても良いわけだが、希望すればアウトシュタットで納車してもらうことが可能。ちなみにこれはオプション扱いで、希望者はわざわざ追加料金と、人によっては遠くから交通費や宿泊費を払ってここまでやって来るのである。

ドイツでは新車を購入するのは然るべき年齢になってからというのが一般的だと聞いたから、新車の購入はその人にとって記念すべき人生のひとコマであるのかもしれない。

家族で旅をして、アウトシュタットを楽しんで、最後に納車式を行ってクルマを引き取る。工場からタワー、タワーから納車センターまでは自走せずに運ばれるから、自分で運転して初めてメーターが刻まれるというのも気が利いている。

引き渡しの際に、新車の購入者が熱心にスタッフからクルマの説明を受ける様子を見ていると、なんだかこちらまで幸せな気持ちになった。

クルマメーカーってただクルマを売るだけではないんだなと実感するし、VWのお膝元でいい意味でVWというメーカーの底力を見せつけられた気がする。

アウトバーン

▶︎敷地がとにかく広い。そして緑豊か。歩いているだけで気持ちがいい。この日の歩数計はなんと1万5,000歩を超えていた…
今回のこの旅は私にとって初めてのドイツであり、したがってもちろんアウトバーンを走るのも初めての体験だった。速度無制限区間があるというのはこの仕事をしていれば知らないわけはないし、いろいろな人からいろいろな話を聞く機会も多い。

それでも、実際に自分でハンドルを握って初めてそれが嘘ではないということを確かめられたというのが正直なところ。日本とは違って、追越車線をたらたら走るクルマはいないというのもそれはそうで、それが危険過ぎることをみんな知っているからだろう。

3車線ある速度無制限区間での走行車線の速度はおおよそ140㎞/hくらいだろうか。日本の高速道路のようなきついカーブはほとんどないから、その速度で走ること自体は私にもできる。

ただ、例えばジャンクションや合流のある場所、工事区間などでは速度が制限されるし、見る限りみんなその制限速度を守って走る。怖いのは時速140キロの速度で走っていて、ほんの少しブレーキのタイミングが遅れると、あわや追突、という事態になりかねないこと。

私は日本で2ペダルのクルマで走るとき、パドルシフトなどであまりギアチェンジをしたりエンジンブレーキを使ったりしないけれど、さすがにアウトバーンではブレーキとそれを併用した。
▶︎アウトシュタットのシンボルともなっているカータワー。けっこうなスピードでクルマを乗せたリフトが塔を上下する。私たちもゴンドラに乗っててっぺんまでのぼった。右下の写真はスタッフから説明を受ける購入者の家族。子供たちものんびり遊んでいる。
速度無制限区間で追越車線を飛ぶように疾走していくクルマの中には180㎞/h以上出ているよな、というのもいて、そりゃ恐ろしくて走行車線をたらたら走ってなんかいられない。

アウトバーンを走った初日はこんなに降らなくてもというほどの大雨で、ろくに前も見えないような悪条件だった。それでも日本のように大雨だからと言って、速度制限は行われないことにも驚いた。ドイツ人ってすごいな、と。

でもこの日、私たちは3つの事故に遭遇した。速度が高いだけあって、事故を起こしたクルマの姿はなかなかの様相で、完全に中央分離帯に乗り上げたり、ぐしゃっと前面が潰れていたり、スピンして逆向きにとまっていたり。その度に長い渋滞に巻き込まれ、やっぱりドイツ人(他国から来ている人かもしれないけれど)も事故るのだ。ただ事故直後、渋滞に並ぶクルマの列が、緊急車両の来ることを予測してあらかじめ両端に寄り、中央車線を開けているのには感心した。

もう一つ感心したのは高速道路の標識の分かりやすさ。何が書かれているか読み取れなくても数字さえ追っていれば間違えることはない。それも速度域が高いことにも関係しているのではないかと思う。高速で走っているときに長々と文字なんて読んでいられない、一瞬で判断するには数字が一番だ。

しかし正直に言うと、アウトバーンの時速140㎞よりも、街と街を結ぶ片側一車線の道路で時速100㎞という方が私はよっぽど怖かった。対向車線にクルマがいないならともかく、カーブなどで対向車とすれ違いながら、ガードレールも何もない道路をその速度で走るのは度胸がいる。

どうしても右側に寄ってしまうし、神経を使う。途中で諦めて少し速度を落とし、むしろ後続車には抜いてもらえばいいわ、という風に切り替えた。速度の感覚が違うのだ。

アウトバーンを自分で走ってみて、アウトバーンがあることがこの国のクルマのすべてではないか。ありきたりの感想ではあるがやはりそう思わざるを得なかった。アウトバーンを安心して走れるクルマであることがおそらく必要条件であり、だから、例えばVWの場合で言うと、ゴルフだけでなく、一番小さいup!であっても、そこはしっかりと担保されているのだ。
▶︎来場者のお目当ての一つ、カリーブルスト。VWブランドの年間生産台数よりも多く販売されているとか。もともとは工場の食堂で従業員に提供されていたもので、まさにVWのソウルフード。

GTI パフォーマンスデイ

▶︎プレミアム・クラブハウスに展示されているブガッティ・ベイロン。最高速が400km/hを超えるというモンスター・マシンは異様とも言えるオーラを放っていた。まさに迫力満点である。

このイベントはGTIシリーズに、ゴルフとポロだけでなく、up!が加わり、GTI3兄弟が勢揃いしたことを記念して開催され、スペインのマラガにあるプライベートサーキットに各国のメディアやジャーナリストが招かれた。

このサーキットはイタリア、ミラノ生まれのF1ドライバー、アルベルト・アスカリの名に因んだサーキットで、全長5425m。スペインでもっとも長いトラックを持ち、そして素晴らしい景観の中に佇んでいる。

イベントの内容はとてもシンプルで、ゴルフGTI、ポロGTI、up! GTIの3台を、サーキットで試乗するというもの。サーキット走行の前には、特設のジムカーナコースでハンドリングワークショップをそれぞれのクルマで体験した。

サーキット走行は20分ひと枠で、先導車について走行する。希望すればもちろん全てのクルマに試乗できるが、私はサーキットでは2ペダルのポロGTIにだけ試乗した(ゴルフGTIとup! GTIの試乗車はいずれも6速マニュアル)。

他の人はいざ知らず、私は海外試乗会でサーキットを走るというのも初のことで、何に感動したかというと、先導車のレベルの高さだ。最初に先導車のドライバーに「このサーキットは初めてか?」と聞かれ、「そうだ」と言うと、「じゃぁ、あなたは僕のクルマの真後ろにつきなさい」(もっとも、この日、女性の参加者が他にいなかったし、心配だったのだと思う)。

一緒に走るクルマは私のポロの他にゴルフ2台、ポロ1台、up! 1台。
▶︎テストドライブの途中、ノイシュバンシュタイン城の近くまで行った。お城まで行けなかったのはちょっと残念。

ウォームアップ走行が始まると、「ポロ、もっと僕に近づいて。大丈夫だから」 周を重ねるごとに速度も上がっていく。「 Go! Go! Polo!」「僕を信じて付いて来い!」「このクルマはもっと踏んでも大丈夫だよ!」無線を通して、ドライバーの声が響く。釣られて、私もどんどんアクセルを開ける。うまく走れると都度褒めてくれて、調子に乗る。

他のドライバーがストレスを溜めないように、途中で隊列の順番を入れ替えて、ほぼ全車が先導車の後ろについて引っ張ってもらえるよう配慮されてもいた。スピードを出しすぎるクルマや、追い抜こうとするクルマがいると、「おいおい頼むよ、安全マージンを保ってくれ」と言ってみたり、「今日はレースじゃないぜ、ジェントルマン!」と言ってみたり、ユーモアも効いている。

全員がGTIシリーズを存分に楽しめて、このクルマの性能を体感できるようによく考えられているなと思った。
私は先導車のゴルフRの助手席にも乗せてもらったのだが、彼は右手に無線をもち、、ほぼ左手のみで運転していた。シフトダウンは左手、シフトアップの時だけ、ちょっと無線を顎で挟んで、右手でちょちょっとパドルシフトを操作する。視線はほとんどバックミラーで、後ろの隊列を見ている。VWモータースポーツのインストラクターだと聞いたけれど、こんな人がきっと何人もいるのだろう。

実際にサーキットで走ってみて、up!やポロのようなコンパクトカーでも、こんなにがんがん走れてしまうなんて、〝GTI〟は単なるエンブレムではないということがよく分かった。もし私が愛車にしたとしたら、日常使いのできるスーパーカーを手に入れたような気持ちになれるだろう。

▶︎カーナビの右上に白く見えるのが速度無制限の表示。道路標識は撮影できなかったのだけれど、黒縁の縁に黒の射線が5本入っている。きっとドイツ人だって運転が得意じゃない人や、ゆっくり走りたい人もいるだろうなぁと思ったりもしたのであった…。

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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。

GTIシリーズ

▶︎アスカリサーキット周辺のワインディングは風景も素晴らしく、たくさんのツーリングライダーとすれ違った。

この国際試乗会にはハンス・ヨアヒム・シュトゥック氏も駆けつけていた。ドイツ出身のレーシングドライバーで、F1で2度の表彰台を獲得、ル・マン24時間レースを2度制し、ニュルでも3度の優勝経験があるという言わばレジェンド。

一緒に参加したある日本人ジャーナリストが氏にこう尋ねた。「例えばルノー・メガーヌのように、よく曲がるクルマに仕立てることも可能なはずですが、GTIは一貫してステイブルであることにこだわっていますよね?」 氏の答えは「その通りです」

この答えにGTIのなんたるかが表れているのではないか。アウトバーンを走ってみたあとだからこそ私には余計そう思えた。どんな時にも安定性を失わず、曲がるときもクルマ全体でしっかりと曲がっていく。メガーヌは多分、峠を走るためのクルマなのだ。

私がGTIを運転しているときに感じるのは安心感と、だからこそ得られる運転する歓び。 どんなときも普段の自分を失わずにいられてこそ、その先の楽しさに至ることができる。

これが例えば、もし911なら、技量のない私は恐怖心でスピードを楽しむ余裕など生まれなかっただろう。
アスカリサーキットを走ったときのように、「このクルマならもっと行けるよ!」 そんなふうに前へ前へと進んでいける。それがGTIなのだ。

普通で速い、普通なのにものすごく速いって素晴らしい。
●New up! GTI
価格:未定(€16,975〜)
排気量:999cc
最高出力:85kW(115ps) 
最大トルク:200Nm/2,000〜3,500rpm
ギアボックス:6速MT *日本導入は2018年年央、スペックはドイツ仕様

「大人4人がきちんと座れ、1万ユーロの予算で買える小型車」というコンセプトのもとに登場したup! に「GTI」が登場。115ps/200Nmの高出力の受け皿として6MTしか用意されないが、これがより積極的に運転しようという気にさせてくれる。その車格にして17インチタイヤをバタつかせず履きこなす足腰はGTIの定石通りだが、狭いトレッドに高いルーフを与えた重心の高さによって、高速域では万人に安心感を与えるまで至らず(通常領域は十分重厚)、好きモノにとっては3気筒ターボのビートと共に“楽しめる一台”となっている印象。その価格も250万円くらいであれば、スイフトスポーツやトゥインゴGTがライバルになるだろうか。
●New Polo GTI
価格:未定(€23,950〜)
排気量:1,984cc
最高出力:147kW(200ps)/4,400〜6,000rpm
最大トルク:320Nm/1,500〜4,400rpm
ギアボックス:6速MT/DSG
*日本導入は2018年年央、スペックはドイツ仕様

全幅が1,750㎜と先代比で65㎜幅広になったことでもわかる通り、ポロは大きくなった。これがどう受け入れられるか? というのもポロは、世界的に見ると女性ユーザーが6割以上を占めていた。当然日本でもそのサイズ感がもたらす取り回しの良さと、シッカリとした車体の作りによって女性のファンが多い。そういう意味でポロGTIは、小さな高性能車を求めたり、ゴルフGTI予備軍だった男性からは大歓迎されるだろう。とはいえ女性にとっても、大きくなったボディを思い通りに走らせる上でGTIの少しだけ固められた足腰と(それでも乗り心地は非常によい)、200psの高出力は大きな味方となるはず。むしろクルマを運転する愉しさを発見できると思う。
●Golf GTI Performance 2.0TSI
価格:¥4,560,000〜(税込、2017年日本発売当時)
排気量:1,984cc
最高出力:180kW(245ps)/5,000〜6,700rpm
最大トルク:370Nm/1,600〜6,700rpm
ギアボックス:7速DSG、*限定500台、完売

Cセグメントのハッチバックとして世界中のライバルたちから常にベンチマークとされているゴルフ。しかしその高速安定性と車輌の細部に渡る品質は、もはやクラスを超えた存在。特にこの7代目はワインで言うところのビンテージモデルと呼ぶに相応しいでき映えで、登場からはや5年が経った今もその魅力は全く衰えていない。そんなゴルフにあって、これぞ“真の姿”と言えるのが「GTI」だ。速さという点では310psの「R」が旗頭だが、実用性を軸としたゴルフ本来の使い方としてはGTIが本命。230ps(標準モデル)のパワーを支配下に置き、しなやかささえ与えたその乗り味は、単なるアウトバーンエクスプレスからひとつ上のステージに到達したと言える。

フォルクスワーゲンにとってGTIとは?

text:今尾直樹 
1973年3月18日。テスト・エンジニアのアルフォンス・レーヴェンベルグは、開発部にいた同僚に向けて社内メモをつくった。その内容は、「VW(フォルクスワーゲン)は今後、真のスポーツモデルを製造すべきである」というものだった。

VWから配布された、その意味では公式の、初代ゴルフGTI開発ストーリーはこんなふうに始まる。ゴルフGTIはマーケティングによるものではなく、アルフォンス・レーヴェンベルグという、ひとりのエンジニアのエンスージアズム(情熱)から生まれた。

近頃、個人の熱い思いというものがシニカルにとらえられがちになっている(ような気がする)けれど、坂本龍馬がいなければ薩長同盟はなかっただろうし、田中友幸がいなければゴジラはこんにちも東京を破壊していなかった。

山口百恵がいなければ山口百恵はなかった……のは当たり前にすぎるとして、秋元 康なくしてAKB48はなく、久保地理介というラリー好きのエンジニアなくして初代レビン/トレノ(TE27)もセリカGT-FOURも生まれ得なかった。ということはのちの86も生まれ得ず、そんなことをいったら豊田喜一郎なくしてトヨタはなく、本田宗一郎なくして……とキリがない。

歴史はいつだって個人のエンスージアズムがつくりだすのである。

閑話休題。

アルフォンス・レーヴェンベルグの社内メモに興味を示したのはわずかふたりしかいなかった。

めげることなく彼は自分のアイディアに賛同する理解者を探し回り、PR担当ディレクターのアントン・コンラートに巡り会う。コンラートは長年フォーミュラVに携わっていたことから大いなる関心を示した。

ただし、これを実現するためには極秘で進めたほうがよい、と考えた。なぜなら、翌年にデビューを控えた開発コードEA337、のちのゴルフに巨額の開発費が投じられていたからだ。当時のVW首脳陣は空冷ビートルに頼り過ぎていた経営からいかに脱皮するか、そのことで頭がいっぱいだった。

コンラートは「シュポルト・ゴルフ」と名付けた極秘プロジェクトのミーティングを、開発メンバーたちと自宅で重ね、シロッコをベースにしたプロトタイプをつくりあげた。サスペンションをローダウンし、1.5ℓエンジンを85‌psから100‌psにチューンしたこのプロトタイプは過激にすぎて、彼らの理想とする「スポーティだが、理性的」というイメージとはかけ離れていた。

プロトタイプ2号車には開発メンバー全員が満足した。まとめ役のヘルマン・ハプリツェルはこの極秘プロジェクトを開発のトップに思い切って伝えるも、返ってきたのは「高すぎる!正気か君たちは!」という辛辣な言葉だった。

それでも彼らはあきらめることなく開発を続け、ついに1975年の春、ゴー・サインをもらうことに成功する。ゴルフGTIスタディという名前のプロトタイプが発表されたのは同じ年の秋のフランクフルト・ショウだったのだから、青信号が出てからの動きは早かった。

量産モデルのテスト・マネージャーに就任したヘルベルト・シュスターによる回顧談が『VW GOLF GTI』(イアン・ワグスタッフ著)で紹介されている。シュスターは'75年にアウディからVWに移籍したばかりだった。

「初期の仕事はすでに終わっていました。モータースポーツ好きのエンジニアたちによってテストされていたのです。彼らはゴルフにより強力なエンジンを搭載していました。レースへの関心が強い人たちだったので、ものすごくうるさくて、ハードなクルマでした」
正式プロジェクトの承認を得ると、スポーツに特化した仕様から快適性重視まで、全部で6種類のプロトタイプがつくられた。シュスターはシャシーの開発を最優先させ、価格を抑えるためにホイールとタイヤのサイズを変更する一方、前後にスタビライザーを装着、スプリングとダンパーを見直し、快適性とスポーツ性の両立を追求した。

エンジンは、極秘開発チームが使っていたソレックスのデュアル・チョーク・キャブレターではなく、燃料供給システムに当時の最先端技術であるボッシュKジェトロニック、すなわちインジェクションを初採用し、エンジン本体は1.5から1.6ℓに拡大した。

これによって全域で扱いやすい、より太いトルクと高いパワーを得た。最高出力110‌psはスタンダード・ゴルフの57%増しで、当時の1.6ℓの量産車のどれよりも速かった。軽量コンパクトであることの俊敏さを利し、たった110‌psで、BMWの3ℓサルーンに匹敵する性能すら持っていた。

初代ゴルフGTIが発売された'76年、当時の英誌「Motor」はそのライバルとして、フォードRS2000、トライアンフ・ドロマイト・スプリント、ルノー17TS(のちのゴルディーニ)、三菱ギャランGTO、そしてアルファ・ロメオのアルフェッタ1.8をあげているという。

ルノー以外はすべて後輪駆動のスポーティ・モデルで、ようするにゴルフGTIと直接比較できるライバルは存在しなかった。少なくとも「Motor」は思いつかなかった。のちの「GTiクラス」、あるいは「ホットハッチ」という単語がイギリスで使われるようになるのは80年代に入ってからのことである。

「1976年当時、ほかにどんなクルマがあったでしょう」
 
VWの広報資料は、元F1ドライバーのハンス・シュトゥックの証言を紹介している。

「911に乗れたなら、それはこの上ない素晴らしい体験だったでしょう。それがある日突然、同じ体験が『GTI』でも可能になったのです。もちろん、レベルは違っていましたが、誰にでも手が届く価格で。このクルマの素晴らしさは、まさにそこにあり、現在まで、その価値は変わることなく受け継がれています。新型ゴルフGTI(これを語ったときはマークⅥを指している)が、その最たる例です」

ゴルフGTIはスポーティなドライビング好きの若者から大学教授まで虜にし、「クラスレス・カー」と呼ばれた。スプリジェットのような楽しいハンドリングを持ちながら後ろに座席があり、それをたためば荷物も運べる。

その上、燃費もよかった。大いなる日常性を持っていた。最高速度は182㎞/hに達し、アウトバーンの常識だった階級社会を壊した。

「『アウトバーンに民主化をもたらした』と言われたそのクルマは、最速車線を疾走するスポーツカーや大排気量サルーンを運転するドライバーの間で、『ルームミラーに小さなゴルフが映ったと思ったら、瞬く間に背後に迫っていた』と、大きな話題を生み出した」と、VWの広報資料は誇らしげに書いている。

フォルクスワーゲンにとってGTIとはどういう存在なのか? 「アウトバーンを民主化するもの」というのが私の答である。

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text:今尾直樹/Naoki Imao
1960年生まれ。雑誌『NAVI』『ENGINE』を経て、現在はフリーランスのエディター、自動車ジャーナリストとして活動。現在の愛車は60万円で購入した2002年式ルーテシアR.S.。
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